特別企画
座談会
日米における脳梗塞急性期治療の現状とガイドライン
血栓溶解療法から抗血小板療法まで
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| 峰松 一夫 氏 | Harold P. Adams, Jr. 氏 | 豊田 一則 氏 |
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| 星野 晴彦 氏 | 長尾 毅彦 氏 |
脳梗塞急性期治療は,組織プラスミノゲンアクチベータ(t-PA)静注による血栓溶解療法の臨床導入によって大きく前進した。しかし,t-PAの使用は発症後3時間以内に限られるなど種々の制約を伴う。臨床現場では,その適否を迅速かつ適正に判断し治療成績の向上に努めるなかで,アスピリンによる抗血小板療法の活用も欠かせない。現にアスピリン療法は,2007年に改訂された米国心臓協会(AHA)/米国脳卒中学会(ASA)の『成人脳梗塞急性期管理ガイドライン』でも,t-PA静注療法とともに"Class I , Level of Evidence A"として高く評価されている。
本座談会では,同ガイドライン作成委員長のHarold P. Adams, Jr.氏を招聘し,米国における脳梗塞急性期治療について解説していただいた。そのうえで日本の脳卒中内科医4氏と議論し,脳梗塞急性期治療の現状に見られる日米間の差異と共通の課題を探っていただいた。
- 出席者(順不同)
- 峰松 一夫 氏(司会) 国立循環器病センター内科脳血管部門 部長
- Harold P. Adams, Jr. 氏 米国・アイオワ大学 神経学脳血管疾患部門 教授
- 豊田 一則 氏 国立循環器病センター内科脳血管部門 医長
- 星野 晴彦 氏 慶應義塾大学神経内科・脳血管障害 予防医学講座 特別研究准教授
- 長尾 毅彦 氏 東京都保健医療公社荏原病院 総合脳卒中センター神経内科 医長
PART1. Opening Lecture
米国における脳梗塞急性期治療の基本
米国では,脳卒中関連の診療ガイドラインが1990年代から整備され,定期的に改訂されてきた。その体裁は,1冊の書籍にまとめられている日本の『脳卒中治療ガイドライン』と異なる。診断や一次予防・二次予防,救急・急性期治療,リハビリテーション,看護などの項目別に作成されている。本日紹介する『成人脳梗塞急性期管理ガイドライン』は,2007年に発表された最新版である。
脳梗塞急性期の抗血小板療法はアスピリンを第一選択とする
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| 表 |
脳梗塞急性期の薬物療法について『成人脳梗塞急性期管理ガイドライン』は,発症後3時間以内の症例に限ってt-PA静注による血栓溶解療法を推奨している。静注ができない場合は,動注を考慮する。なお,血栓溶解療法の実施例への抗血小板薬または抗凝固薬の投与は,24時間経過後に行うよう勧告している。
抗血小板療法に関しては,発症後24~48時間以内にアスピリンを投与することを推奨し,その初回投与量を325mgとしている(表)。アスピリン療法は,t-PAを含めて他の急性期治療の代わりに検討するものではない。また,血栓溶解療法の実施後24時間以内に補助的に行うべきではない。クロピドグレルに関しては,単独投与もアスピリンとの併用も推奨されない。要するに現時点で脳梗塞急性期治療における抗血小板薬の第一選択はアスピリンであり,第二選択として勧めうる薬剤はない。その位置付けは,欧州の専門家の間でも合意されている。
一方,回避勧告としては,例えばヘパリンなどの抗凝固薬の緊急投与が挙げられる。静注用抗血小板薬は,今のところ有効性が認められる薬剤がないため,用いるべきではない。脳保護薬による治療や血液希釈療法も,有効性が証明されていないので行うべきでないとしている。
脳梗塞急性期治療ではさまざまな合併症の予防と治療が行われるが,やがて脳梗塞再発を防止するための二次予防管理も重要になってくる。その要点は,AHA/ASAが今年5月に改訂した,脳梗塞または一過性脳虚血発作(TIA)患者に対する『脳卒中予防ガイドライン』に記載されている。最近の臨床試験成績を反映させるべく,非心原性脳梗塞/TIA既往例に対する抗血小板療法と,脳卒中再発予防におけるスタチン療法について推奨内容が更新されている。
非心原性脳梗塞例の再発予防もアスピリン療法を主体に進める
脳梗塞急性期を脱した患者の再発予防について『脳卒中予防ガイドライン』は,まず高血圧症や糖尿病,脂質異常症といったリスク因子の評価,動脈疾患や心疾患,凝血異常などの原疾患の究明と適切な管理・治療を求めている。高血圧症例の場合は収縮期/拡張期の血圧値を10/5mmHg低下させるか,120/80mmHg未満を目標に降圧療法を行う必要がある。
心原性脳塞栓症例で再発リスクが高い場合は,プロトロンビン時間国際標準比(PT-INR)を2~3に維持し抗凝固療法を行うとしている。抗凝固薬が使えない例には,アスピリン325mg/日を用いる。
一方,非心原性脳梗塞/TIA例の再発予防はアスピリン(50~325mg/日)単独投与,アスピリンと徐放性ジピリダモールの併用,クロピドグレル単独投与のいずれかで対処する。ガイドライン最新版では,アスピリン+徐放性ジピリダモール併用療法がアスピリン単独療法より優れる可能性が言及された。これはESPRIT試験(2007)でのITT解析の結果に基づく見解であるが,on-treatment解析では頭痛による脱落例が多く,その優位性は打ち消されている。また,アスピリン+クロピドグレル併用は,近年発表された大規模臨床試験で出血リスクを高めることが示されたため,冠動脈ステント留置術施行などの特例を除いて推奨されていない。
各国の臨床状況や専門家グループの見解によってガイドラインの内容は多少異なるが,治療目標は同じである。共通の一般原則を実地臨床に適用しながら治療法を改善していくことが,われわれの使命であろう。
PART2. Discussion
脳梗塞患者に対する血栓溶解療法と抗血小板療法
日米間の相違点と共通課題は?
救急搬送態勢と脳卒中専門病棟の整備がt-PAの普及に不可欠
峰松 ただ今Adams先生が米国の脳梗塞急性期管理,脳卒中予防のガイドラインについて概説してくださいましたが,その内容には日本のガイドラインと共通する点と相違する点が見られます。
Adams 例えば米国でのt-PA承認用量は0.9mg/kgですが,日本では0.6mg/kgが推奨されています。安全性を考慮して少なく設定されたと思いますが,十分な効果は得られるのでしょうか。
豊田 日本人に対する0.6mg/kgのt-PA静注療法の有効性は確認されています。われわれの施設では,t-PA使用3か月後の転帰良好例(modified Rankin Scale: 0, 1)が47%に上り,0.9mg/kgを用いている欧米での成績と比べても遜色ありません。
かねて出血リスクの人種差が注目されてきました。最近発表されたt-PA静注後の予後研究では,アジア系米国人の院内死亡率が白人より2.5倍も高いことが示されました。アジア人に白人と同用量のt-PAを使うと出血を来しやすくなり,それが予後悪化の一因になったと推察されます。ただし,研究対象に含まれたアジア人症例は少なく,より実態に迫るにはアジア人のみを対象に用量比較試験を行う必要があると考えます。
峰松 米国ではt-PA導入後12年が経過していますが,現在t-PAの使用頻度はどのくらいですか。
Adams 2000年時点では0.6%にすぎませんでしたが,最近の調査結果を見るとカリフォルニア州で5%,テキサス州ヒューストンでは約20%に達しています。自施設では2007年に治療した600例のうち58例,9.7%にt-PAを用いました。カリフォルニア州の報告によれば,t-PA普及にとって最大の壁は搬送時間の問題でした。やはり患者教育と救急態勢の改善が不可欠であると言えます。
星野 慶應大学病院でのt-PA使用頻度は現在3.7%です(2008年2月末までの実績)。
Adams 承認後3年足らずで素晴らしい実績を挙げていますね。2年後には10%に達するのではないですか。
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| 図1 |
豊田 ただ,全国レベルでのt-PA普及には時間がかかりそうです。われわれが行ったStroke Unit(SU:脳卒中専門病棟)に関する多施設観察研究(SUMO研究)では,承認直後からSUの保有施設でt-PA使用が急増した半面,非保有施設では微増にとどまっていることが明らかになりました(図1)。
Adams SUの重要性が如実に示されたわけですね。日本にはSU保有施設がどのくらいあるのですか。
峰松 100施設程度です。
Adams 北米の小規模病院では脳卒中患者の救命率が芳しくなく,大規模病院と比べて20~25%も死亡率が高いと報告されています。医療スタッフや設備が十分でなく,症例の蓄積も乏しいからです。このため米国では,救急隊員が脳卒中患者をトリアージし,重症度・緊急性が高いと判断すると直ちに中核施設へ搬送する態勢作りを進めています。
長尾 人口が密集している東京には医療施設が多数ありますが,各施設は独立して診療に当たっています。こうした現状では指示系統を一本化し,1つの医療システムを作るのが困難です。そこで現在行政がいくつかの脳卒中センターを指定し,そこに急性期患者を直接搬送するシステムが考案されています。救急医療サービスが米国ほど充実していないため,トリアージの実現も大きな課題です。
Adams 一般市民は,脳卒中について十分に理解しているでしょうか。脳卒中がどのような症状を来し,発症時にどう行動すればいいのか―。社会に対する啓発活動も重要です。
峰松 その点を含めてわれわれは,日本の状況に適した脳卒中診療態勢の整備に尽力しているところです。
星野 1つ追加して,Adams先生に尋ねたいことがあります。米国のガイドライン最新版には,t-PA適用判断の絶対条件として胸部X線検査が含まれていません。大動脈解離の検出に支障を来さないでしょうか。
Adams 確かにわれわれは,かつて胸部X線検査を推奨していました。しかし大動脈解離例に遭遇する頻度はきわめて低いため,ガイドラインの推奨項目からは除外されました。米国と異なり,日本では大動脈解離が懸念される臨床実態が認められるのでしたら,皆さんは胸部X線検査を必須とするガイドラインの記載内容を今後も堅持すべきでしょう。
できる限り早期からアスピリンを用いた二次予防管理に努める
峰松 続いて,脳梗塞急性期治療における抗血小板療法の在り方を探りたいと思います。日米のガイドラインとも,第一選択としてアスピリン投与を推奨しています。
Adams t-PA施行例への抗血小板療法は,安全性を考慮して24時間経過後に開始するよう勧告しています。私自身は,もっと早期からの開始が望ましいと考えており,その有効性と安全性が近い将来検討されるのを期待しています。
長尾 われわれは心原性脳塞栓症例にt-PAを用いた場合,24時間後からアスピリンの使用が可能ですが,いつからワルファリンに切り替えているのですか。米国での標準的な治療プランはどうなっていますか。
Adams t-PA使用後24時間経過した時点で,まずCT検査を行います。出血が見られなければワルファリンを投与しますが,PT-INR値が目標に達するまでのつなぎにアスピリンを使用することもあります。
峰松 非心原性脳梗塞例の場合はどうでしょうか。日本では,静注用の抗血小板薬も使われていますが。
豊田 アスピリンの経口薬を使用するケースが大半です。有用性が確立し,即効性が期待できるからです。
星野 私もアスピリンを第一選択としていますが,嚥下困難例は最初に静注薬を使い,経過を見て経口薬に切り替えていくことが多いです。
Adams 米国では急性期の抗血小板薬と言えば,すべてアスピリンです。経口投与が困難な場合はアスピリン坐薬(本邦未承認)を使います。いずれにせよ臨床上重要なことは,できる限り早期から抗血小板療法を開始し,二次予防管理を積極的に進めていくことです。
脳梗塞急性期・慢性期を問わず抗血小板薬の併用療法は慎重に
峰松 では,脳梗塞急性期における抗血小板薬の併用療法については,どのように位置付けられますか。
豊田 現時点ではアスピリン単独療法が基本ですが,FASTER試験(2007)の結果を見て併用療法の有用性に関心を持ちました。この試験は発症後24時間以内の軽度脳卒中/TIA患者392例をアスピリン単独投与群と,アスピリンにクロピドグレルを併用する群に割り付け,両群の予後を比較したものです。その結果,有意な群間差は認められなかったものの,90日以内の脳卒中発症率は併用群で少ないことが示されました(Lancet Neurol 6: 961, 2007)。
星野 急性期のごく短期間に限り,強力な抗血小板療法を要する症例もあるのではないでしょうか。
Adams 確かにFASTER試験は,興味深いデータを提供しました。しかしパイロット試験で対象例数も少なかったため,併用療法を是とする根拠を示唆したとまでは言えません。
峰松 一方,慢性期における併用療法についてはいかがでしょうか。
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| 図2 |
豊田 われわれは最近,日本国内19施設の協力を得て脳卒中または心血管疾患で抗血栓薬を服用している患者4,009例を対象に,出血合併症リスクの前向き観察研究(BAT研究)を行いました。その結果,抗血小板薬単独投与時の出血イベント発生頻度は1.2%,併用療法時は2.0%と,出血リスクが1.6倍増加することが示されました(図2)。本試験は前向き無作為試験ではありませんが,出血イベント発生の頻度は海外の報告と同等でした。日本人でも,大規模臨床試験MATCH(2004)やCHARISMA(2006)と同様,抗血小板薬の併用あるいは抗凝固薬と抗血小板薬の併用により,出血イベントが増大することが確認されました。
Adams 単独群の大半はアスピリン使用例ですか。
豊田 はい。アスピリンは,単独群の71%に使われていました。
峰松 日本人はそもそも出血を来しやすいので,抗血小板療法に伴う脳出血の発症頻度も高いと予測していましたが,この研究では海外と同程度であることが示されたわけです。
Adams いずれにせよ,抗血小板薬の併用療法は慎重に考慮すべきです。
長尾 日本では,MRIのT2*強調画像やSWI(磁化率強調画像)から,頭蓋内出血の予知因子として微小出血(microbleeds)を検出することが有用との意見が聞かれます。米国では,どう理解されていますか。
Adams 今のところ微小出血の臨床的意義はよくわかっていません。アミロイド血管症に関与していると言われていますが,微小出血が認められた場合は脳梗塞と脳出血,双方のリスクを吟味すべきでしょう。ただ,いずれも予防の基本は同じです。血圧管理に努めるということです。
峰松 なお未解明の臨床的関心事がたくさんありますが,われわれは今日までに多くの成果を挙げてきました。また,日米の治療ガイドラインには差異もありますが,エビデンスに基づいて脳梗塞治療を前進させていくという共通の道を歩んできました。日米,そして世界の脳梗塞治療の発展を願って本会を終えたいと思います。ありがとうございました。















