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[2008年8月14日(VOL.41 NO.33)p.58]

特別企画

座談会

抗血栓療法のエビデンスは十分に活用されているか?

島田 和幸 氏 後藤 信哉 氏 苅尾 七臣 氏
島田 和幸 後藤 信哉 苅尾 七臣
岡田 靖 氏 是恒 之宏 氏
岡田 靖 是恒 之宏

 日本は世界有数の長寿国であるが,生活習慣病の患者は年々増加している。特に冠動脈疾患(CAD)や脳血管疾患(CVD)といったアテローム血栓症は全死因の約3分の1を占め,その治療・予防が急務となっている。しかし臨床現場では,高血圧症や脂質異常症と異なり,血栓症の対策にエビデンスが十分に活用されていない状況が見受けられる。そこで循環器内科・脳血管内科の専門家5氏を招き,代表的なトライアルの成績を整理しながら,エビデンスに基づく抗血栓療法の在り方を明らかにしていただいた。

司会:
島田 和幸 氏 自治医科大学循環器内科学 主任教授
出席者(順不同):
後藤 信哉 氏 東海大学内科学 教授 東海大学大学院バイオ研究医療センター 代謝疾患研究センター長
苅尾 七臣 氏 自治医科大学循環器内科学 教授
岡田 靖 氏 九州医療センター統括診療部 部長
是恒 之宏 氏 大阪医療センター臨床研究センター長

アテローム血栓症の重要性が大規模コホート研究で明白に

島田 心筋梗塞(MI)や狭心症,アテローム血栓性脳梗塞や一過性脳虚血発作(TIA),末梢動脈疾患(PAD)などを包括する概念として,近年アテローム血栓症が注目されています。これに対し,われわれは抗血栓薬を用いて治療・予防に努めていますが,実地臨床の場では抗血栓療法のエビデンスがきちんと反映されていない状況も見受けられます。
 そこで本日は,抗血栓療法の主要エビデンスを俯瞰しながら,その在り方を先生方との議論を通じて明らかにしたいと考えます。初めに後藤先生,アテローム血栓症治療の実態を示して大きなインパクトをもたらした,前向きのコホート研究REACH Registry(2007)について概説していただけますか。

図1

後藤 REACH Registryには日本を含む44か国が参加し,アテローム血栓症患者またはその危険因子を3つ以上有する外来患者が計6万8,236例登録されました。登録後1年間観察し得た6万4,977例のうち,大多数が薬物療法を受けていました。使用薬の内訳は,降圧薬91%,抗血小板薬79%,脂質低下薬75%などです。 抗血小板療法ではアスピリン使用率が80%に上り,アスピリンが世界的に標準薬として活用されていることがわかりました(Bhatt DL, et al: JAMA, 2006)。
 観察の結果,心血管死,MI,脳卒中はそれぞれ直線的に増加し,これらを合わせた複合エンドポイントの1年後発生率は4.24%でした(図1)。すなわち治療を受けていても,現時点では100例中4例は1年以内に脳・心血管イベントに見舞われることが示されました(Steg PG, et al: JAMA, 2007)。また,MI発症例が翌年に脳卒中を来すリスクは,脳卒中発症例がMIを来すリスクとほぼ同じでした。CAD,CVD,PADを個別に捉えるのではなく,これらの包括的概念であるアテローム血栓症として対策を考える重要性が鮮明になったと言えます。

苅尾 危険因子とアテローム血栓症の部位が1か所,2か所と増えるにしたがい,各エンドポイントも複合エンドポイントも直線的に増えることが示された点も注目されます。

後藤 2年間の追跡成果は,昨年のEuropean Congress of Cardiologyにて発表されています。血栓性疾患はほぼ直線的に増加し,複合エンドポイントの発生率は8%近くになっています。

是恒 この研究には日本から5,000例以上登録されましたが,複合エンドポイントの1年後発生率は3.22と他国より低いですね。

後藤 それだけ日本の医療の質は高いと言えるのではないでしょうか。

島田 諸外国のデータと比べ,ほかに特徴は見出せましたか。

後藤 日本の登録例にはCVDが多く含まれていましたが,そのほかの国々と比べて心血管死の発生は約半分,MIは約80%,脳卒中はほぼ同じでした(Steg PG, et al: JAMA, 2007)。かねて日本人は欧米人と比べて脳卒中が多いと指摘されていましたが,それを裏付けるデータと言えそうです。なお,脳卒中再発は諸外国より多かったものの,MI再発と比べて著明に多いわけではないことも明らかになりました。

脳梗塞急性期からのアスピリン療法の有用性は確立している

島田 さて,脳領域における抗血栓療法のエビデンスとしては,1997年に相次いで発表された2つの大規模臨床試験CAST,ISTの成績が挙げられます。2000年にはCAST・IST共同研究グループが,事前に計画されたこれら計4万例の統合解析の結果も報告していますね。

図2

岡田 脳梗塞急性期患者を対象とした両試験の成績により,発症後48時間以内のアスピリン投与の有用性が確認されました。アスピリンはCASTで160mg/日(4週間),ISTで300mg/日(2週間)投与されていました。脳梗塞再発率は対照群2.3%に対して,アスピリン群では1.6%と有意に低いなど,脳梗塞急性期における早期からのアスピリン投与の有用性が示されました(図2)。こうした結果から,日本のみならず諸外国のガイドラインにおいて脳梗塞急性期の抗血小板療法として,アスピリン療法が推奨されています。

島田 アスピリンの地位は,組織プラスミノゲンアクチベータ(t-PA)療法の導入後も揺るぎませんか。

岡田 そう思います。t-PA療法の適応例はまだ少なく,大半は発症早期からのアスピリン投与が従来と同じく必要となります。また,TIAや軽度脳卒中は軽視されがちですが,実は早期に重症化し再発するリスクが高いとの報告があり,適切な治療が求められます。
 そこで早期治療介入の有効性を検証するため,無作為化臨床試験FASTER(2007)が行われました。TIA/軽度脳卒中患者392例の全例にアスピリンを使い,そのうえで発症後24時間以内にクロピドグレル,シンバスタチン,クロピドグレル+シンバスタチン,プラセボ(アスピリン単独)の各投与群に割り付け,予後の比較を試みたものです。
 その結果,一次エンドポイントである試験開始後90日以内の脳卒中発症率,また90日以内の脳卒中・MI・血管死,同じく脳卒中・TIA・急性冠症候群(ACS)・全死亡の各発生率に関しても,クロピドグレル投与群でわずかに減少を認めるものの有意な群間差は認められませんでした。一方,頭蓋内出血はクロピドグレル追加投与の2群でやや増加し,脳梗塞急性期における抗血小板薬の安易な併用療法には警鐘を鳴らす結果でした。

抗血小板薬の併用療法の是非は慎重に見極める必要がある

島田 抗血小板薬の併用療法についてはCHARISMA試験(2006)で検討されましたので,その概要をお話しいただけますか。

後藤 対象は,アテローム血栓症の危険因子を複数またはその既往を有する患者1万5,603例です。無作為にアスピリン単独投与群と,アスピリンにクロピドグレルを併用した群に割り付け,MI・脳卒中・心血管死を指標として予後の比較が行われました。平均28か月間観察したところ,複合一次エンドポイントの発生率に有意差は見られませんでした。しかし併用群では,中等度出血が有意に多く,輸血を要する重篤な出血も単独群より多い傾向が認められました。

島田 MATCH試験(2004)と同様,抗血小板薬の併用は単独投与を上回る効果をもたらさず,むしろ出血リスクを有意に高めたわけですね。
 一方,心臓領域での併用療法をめぐっては,過去にこれらとは異なる知見が得られています。CURE試験(2001)の結果を紹介していただけますか。

後藤 対象は発症後24時間以内のACS患者1万2,562例で,アスピリン単独投与群とアスピリンにクロピドグレルを併用した群の予後比較が行われました。観察1年後,心血管死・非致死性MI・脳卒中から成る複合一次エンドポイントの発生率は,併用群で有意に低いことが確認されました。経皮的冠動脈インターベンション(PCI)を施した2,658例のサブ解析(PCI-CURE試験)でも,主要な心血管イベントは併用群で有意に抑制されていました。ただ,CURE試験では生命にかかわる出血発生率に有意差は見られなかったものの,大出血は併用群で有意に多く発生しました。

苅尾 欧米では併用を是とする傾向が強いのかもしれませんが,大出血の相対リスクが併用群で38%も高いのは見過ごせませんね。

後藤 併用の是非は,心血管死やMIを防ぐうえで有効性と安全性のどちらを重視するのか,そのトレードオフの考え方次第だと思います。

是恒 CHARISMA,CUREの両試験とも複合エンドポイントの成績の内訳を見ると,抗血小板薬の併用療法は脳卒中予防にある程度有効でしたが,MI予防には奏効していないことがうかがえます。個々のエンドポイントもきちんと見ていかないと,適正な評価にはつながらないでしょう。

日本の臨床家も抗血栓療法のエビデンスを積極活用すべき

島田 抗血栓療法のエビデンスは多数ありますが,最も豊富なのはアスピリンに関するものです。国際共同研究Antithrombotic Trialists'Collaborationのメタ解析(2002)でも閉塞性血管障害の高リスク患者に対し,アスピリン主体の抗血小板療法は脳・心血管イベント抑制に奏効することが認められています。アスピリンの有用性は世界的に確立していますね。

図3

後藤 アスピリン療法により,脳・心血管イベント発生の相対リスクはおおむね25%減少することが示されています。脳梗塞やMIの再発予防,さらには心房細動例の脳梗塞予防でも,試験を問わず常に25%前後の効果が確認されています(図3)。

島田 そうしたエビデンスに基づいて抗血栓療法のガイドラインが各国でまとめられているわけですが,日本での活用状況はどうでしょうか。

岡田 脳神経内科領域では,2005年10月に臨床導入されたt-PA療法の適正治療指針が守られている半面,抗血栓療法に関しては基本が疎かにされているのではないでしょうか。脳血管イベントの初発状況などを見ますと,そうした感を拭えません。

是恒 臨床現場で先輩から教わるという昔ながらの知識の習得法は非常に大切ですが,それだけでは不十分です。例えば抗血小板療法は効果が実感できないため,出血などの有害事象のみが印象に残り,本来の有用性が伝わらない可能性があります。科学的な理解を得るには,個々の臨床家がエビデンスの源泉となった論文やガイドラインをしっかりと読み込む必要があります。

苅尾 今や高血圧症,脂質異常症,糖尿病とたくさんのガイドラインが作成されていますが,いずれを見ても血栓症に関する記載が希薄です。全身を診るという観点から抗血栓療法のエビデンスを見直し,実地臨床に生かすことが期待されます。

後藤 同感です。アテローム血栓症を全身性の動脈疾患として理解し,病態の特性も踏まえながら,抗血栓療法のエビデンスを活用することが重要だと思います。

島田 臨床医は,科学的根拠を基に組み立てられた概念を常に頭の中に入れ,治療に当たらなければなりません。自治医科大学に臨床研修の指導に来ている米国の教授は,日本の医療の問題点として身体所見の確認がおざなりにされていること,費用対効果の概念がほとんど顧みられていないこと,そしてプレゼンテーションをする際に関係論文が引用されていないことを指摘しています。
 その点,本日は抗血栓療法のトライアル成績をレビューし,その在り方を探るうえで有意義な議論を聞かせていただきました。抗血栓療法のベース薬はアスピリンであり,今一度エビデンスを捉え直して実地臨床に反映させていく姿勢が求められている現状を確認できました。どうもありがとうございました。

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