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[2008年7月10日(VOL.41 NO.28)p.64]

特別企画

第2回

抗血小板薬,抗凝固薬の休薬を考える―それは本当に必要か

消化器内視鏡治療時の抗血栓療法

岡野 明浩 氏 玉井 佳子 氏 矢坂 正弘 氏
岡野 明浩 玉井 佳子 矢坂 正弘

 消化器内視鏡術には出血リスクがほぼゼロの通常検査から,出血頻度の高い内視鏡的粘膜下層剥離術までさまざまな手技があり,そうした場合の抗血栓療法をどう行うかが現場での大きな問題になっている。そこで,シリーズ「抗血小板薬,抗凝固薬の休薬を考える―それは本当に必要か」第2回では,この問題をテーマに取り上げて座談会を行った。
 討論のなか,日本と米国のガイドラインには大きな相違があること,日本では2005年に消化器内視鏡学会の指針が発表されて以降,生検時の休薬が増えたことなどの実情が明らかになった。対策としては,抗血栓療法例ではまず観察のみ行い必要があれば休薬して生検や観血的手技を行うこと,血栓・塞栓症リスクの高い症例ではヘパリンによる代替療法を考えること,消化器内視鏡医と抗血栓療法担当医の連携が不可欠であることなどが示された。

シリーズ構成
第1回:抜歯,歯周手術時08年3月6日号
第2回:消化器内視鏡治療時
第3回:眼科手術時
第4回:整形外科・泌尿器科手術時
出席者(発言順)
岡野 明浩 氏 天理よろづ相談所病院消化器内科
玉井 佳子 氏 弘前大学医学部附属病院輸血部副部長
司会
矢坂 正弘 氏 国立病院機構九州医療センター脳血管内科科長

内視鏡後の脳梗塞発症率0.02%がワルファリン休薬・減量例で1.06%

矢坂 近年,日本では脳梗塞や心筋梗塞が急増しています。その予防における抗血栓療法の有用性は明らかで,抗血小板薬は脳梗塞やTIAの再発を22%,急性期の再発を11%減らします。ワルファリンは非弁膜症性心房細動(NVAF)例の脳梗塞発症率を7割近く下げます。こうした効果から抗血栓療法を受ける患者も増えており,日本では100万人がワルファリンを,300万人以上がアスピリンを服用しています。
*transient ischemic attack
 一方,消化器内視鏡治療はさまざまな手技が盛んに行われています。このため抗血栓療法中に内視鏡手技を受ける例も目立ち,その際の休薬の必要性や期間が問題となります。私は,脳卒中専門医の立場から休薬のリスクを説明したいと思います。
 Blackerらは内視鏡施行16万5千例を調査し,30日以内の脳梗塞発症率は全体では0.02%,ワルファリン継続438例では発症がなく,休薬・減量した987例では1.06%と報告しました。すなわち,ワルファリンを休薬・減量すると脳梗塞リスクが著明に上昇するということです。岡野先生も,こうした例を経験されたとうかがいました。

岡野 私は消化器臨床をしていますが,ある症例を経験したことで休薬問題を考えるようになりました。
 患者は70歳代男性,十数年前から高血圧と糖尿病,NVAFがあります。10年前に右閉塞性動脈硬化症でステント留置術を受け,2年前に脳梗塞を生じました。ワルファリン,ジピリダモールと降圧薬を服用中です。
 この方が貧血を指摘され,精査目的で上部消化管内視鏡検査を受けることになりました。抗血栓薬は継続して検査だけを行ったところ,胃前庭部前壁に早期胃癌を疑う病変が見つかりました。この方の抗血栓療法担当科である心臓外科に相談し,米国消化器内視鏡学会指針に基づき血栓・塞栓症低リスクと評価。3日前にワルファリン,前日にジピリダモールを中止し内視鏡の再検,生検を行いました。ワルファリンは翌日から再開しましたが,4日後に「ふらついて呂律が回らない」と来院。頭部MRIで右小脳半球上部に急性期梗塞病変を指摘されたのです。この方は保存的治療で軽快し,元気に退院されました。

矢坂 画像からはご指摘の通り,ワルファリン休薬で血栓ができたための脳梗塞発症と思われますね。

岡野 脳梗塞の既往と背景の動脈硬化症を考慮して対処すべきだったと反省しました。これを契機に,当院の指針を作成することにしました。

日本消化器内視鏡学会の指針の発表以降,生検時休薬例が増加

表1

矢坂 玉井先生は,抗血小板療法の実態調査をなさっておられます。

玉井 私たちは2004年に,教室と関連施設でアンケートを行いました。対象は,内視鏡経験3年以上,年間施行数20件超の内科医81名です。観血的内視鏡手技施行前の抗血小板薬休薬の有無を尋ねると,ポリペクトミーやEMR1,EST2という出血の多い手技では,95%以上が「休薬する」でした。ERCP3や生検などの出血が比較的少ない手技でも「休薬する」がほぼ半数を占めました(表1)。
*1endoscopic mucosal resection
*2endoscopic sphincterotomy
*3endoscopic retrograde cholangiopancreatography

 休薬期間については,4分の3以上が「7日以上休む」と答えました。出血の偶発症は7例,いずれもポリペクトミーなどの高リスク手技で生じましたが,クリッピングや輸血で改善しました。血栓塞栓症の発症も7例に見られました。全例がアスピリン休薬の4日目以降に発症しており,片麻痺,死亡,救急搬送後不明が各1例でした。

矢坂 生検時は,継続と休薬が半々だったのですね。実は私も2007年に同様の調査をしています。国立病院機構の医師と,J-MUSICという脳梗塞の登録研究を行った脳卒中専門医にアンケート用紙を送りました。
*Japan Multicenter Stroke Investigators' Collaboration
 まず,生検時の抗血栓療法について尋ねると,NVAFのある心原性脳塞栓症既往例におけるワルファリン服用は,「中止」が65%でした。機械弁を入れた脳塞栓症既往例では,継続とヘパリン置換が増えます。頸動脈狭窄例の抗血小板薬は,半分以上が「中止」と回答()。国立病院機構の消化器医に問うと,生検時は95%,ポリープ切除時は92%がワルファリンを休薬。抗血小板薬も生検時は84%,ポリープ切除時は91%が休薬するとのことです。
 再開について聞くと,生検後のワルファリンは3日以内が多く,抗血小板薬も同様です。ポリープ切除術になると,1週間後が目立ちます。
 玉井先生の成績とこの結果を比べると,特に生検時の休薬率が上昇しています。2005年に日本消化器内視鏡学会の指針が出て,生検を含む低リスク手技でも抗凝固薬,抗血小板薬とも休薬が推奨されています。その影響が大きいのかもしれません。

米国消化器内視鏡学会指針;生検時の休薬は行わない

矢坂 内視鏡下で観血的手技を行う場合,多くの施設で抗血栓療法を中断している現状が分かりました。そうなると,個々の例で血栓・塞栓症リスクを評価し,代替療法の必要性を考えることが大切になりますね。

表2 表3 表4

岡野 まず内視鏡手技のリスク評価について,米国消化器内視鏡学会の指針(2002)と,日本消化器内視鏡学会の指針(2005)を示します(表2)。米国版では,スコープを挿入し造影するだけの通常検査は低リスクに分類されますが,日本版では無リスクです。生検は両者とも低リスクです。高リスクはよく似ていますが,日本版には早期の胃癌,食道癌,大腸癌に行われるEMR,ESDが挙げられています。
*endoscopic submucosal dissection
 当院のデータで出血頻度を見ると,EMRの後出血率は5%,ESDは4%,ポリペクトミー,ESTは2%程度です。一方,生検で出血するのは0.05%前後です。つまり,後出血率が数%の手技が高リスク,0.1%以下のものが低リスクと分類されていると言えます。
 そして米国版では,手技リスクにかかわらずアスピリンは継続。チクロピジンやワルファリンも低リスク手技では継続することが推奨されています。

矢坂 米国では生検時もワルファリンやアスピリンを続けるのですね。

岡野 その通りです。対照的に日本版では,手技リスクにかかわらずワルファリンやアスピリンを3日は休むとされています(表3)。

矢坂 それは大きな相違ですね。次に,抗血栓療法の原疾患リスクについて説明していただけますか。

玉井 米国版指針では原疾患リスクを高と低に分類。心臓弁膜症を伴う心房細動,血栓塞栓症既往例での機械弁などを高リスク原疾患例としています(表4)。こうした例で高リスク手技を行う場合,ワルファリンは3~5日前に休薬し,ヘパリン置換を考慮します。これに対して低リスク原疾患例では,抗凝固療法を4~7日間中止しても血栓塞栓症の絶対リスクは1,000例当たり1~2件として,原疾患分類の根拠としています。なお,日本版での原疾患分類も米国版によく似ています。
 しかし,ご存じのように血栓塞栓症は一度発症すると重篤になり,それは原疾患が低リスクでも高リスクでも変わりません。私は,一次予防か,既往のある二次予防かという点も重要だと考えます。

抗血小板薬と抗凝固薬では出血の傾向がかなり異なる

矢坂 続いて出血の実態をうかがいます。やはり,抗血栓薬を中止しないと出血で難渋されるのですか。

岡野 当院では,日本版指針が出る前からワルファリンも抗血小板薬も中止して処置を行っていますから,休薬なしで止血に困った経験はありません。休薬せずESDを行い止血に困った他院の例は,聞いたことがあります。粘膜下層を剥離,血管を露出させる手技ですから,相当の出血が予測されます。

玉井 抗血小板療法と抗凝固療法では出血傾向がかなり異なります。抗凝固療法のワルファリン例では,止血したかに見えて再出血するといった止血困難を生じます。一方,抗血小板療法のアスピリンでは少量の出血が持続します。私たちは,抗血小板療法時の出血パターンについて分析を行いました。
 出血量と出血時間を定量化する機械を開発。分析を行うと,出血パターンが4種に分類できました。出血量が減らないまま持続するパターンでは,臨床的にも出血傾向が強く,しばしば輸血を要します。これに対して抗血小板薬内服者は,微量出血が続き出血時間は延びますが,総出血量は軽度増加に留まります。直腸粘膜を傷つけ出血時間を見た検討からは,アスピリンは出血時間を延ばすが,皮膚出血より延長は短いことが分かりました。

矢坂 岡野先生,抗凝固療法の休薬期間についてはいかがでしょうか。

表5

岡野 私たちは,日米の内視鏡学会の指針に加え,自治医科大学版などを参考に当院の指針を作りました。手技3日前にワルファリンを中止,処置終了6時間後に再開し,原疾患高リスク例はヘパリンを用います。原疾患のリスク分類では,血栓塞栓症の既往が高リスクである点を加味し,米国分類より厳しくしました(表5)。

矢坂 簡明かつ具体的ですね。抗血小板薬についてはいかがですか。

玉井 先の検討から私たちは,抗血小板薬で出血時間は延びるが総出血量増加は少ないため,休薬は不要ではないかとの仮説を立て検討を行いました。
 健康な男性11名にアスピリン,チクロピジン,両薬併用を1週間続け,出血の量,時間,パターンを見ました。すると,どの薬でも総出血量は内服前の4~7倍に増え,中等度出血の続くパターンが多かったため,「日本人では一定期間の休薬が必要」と結論しました。内服前と有意差が消失し,出血傾向がなくなるのはアスピリンで休薬3日後,チクロピジン5日後,併用時は7日後でした。

矢坂 これが日本版指針の休薬期間の根拠となったわけですね。

抗血栓療法例ではまず通常検査必要ならば休薬後に生検を行う

矢坂 最後に,本日のポイントをまとめます。内視鏡では通常検査と生検を同時に行うことがありますが,抗血栓療法例ではどうされますか。

岡野 まずリスクのない通常検査だけを行い,必要があれば休薬後に改めて生検を行うことを原則としています。

矢坂 抗凝固療法では血栓症リスクをきちんと評価し,高リスクならヘパリン置換を行うということでした。
 一方,抗血小板療法は対象の幅が広く一律に扱えない。一次予防か二次予防かが,リスク評価のポイントとなりそうです。このとき,抗血小板薬をヘパリンで代替する方法がありますが,どう評価されますか。

玉井 両者の作用機序はまったく違います。ただ,血小板が単独で作る血栓(一次血栓)は脆く,これを強固な血栓(二次血栓)にするのが"凝固"です。そう考えると,理に適っていると言えますね。

矢坂 頸動脈高度狭窄病変では赤色血栓も観察されますから,抗血小板薬のヘパリン置換は有効かもしれません。次に,休薬に関する患者説明はどの科の医師が行っていますか。

岡野 当院では,内視鏡を必要と判断し検査を依頼した消化器医に,説明の義務があるとしています。

玉井 消化器医は出血リスクは十分に説明できますが,血栓症リスクの説明には自信がありません。診療科の間での連携が重要だと思います。

岡野 私たちは,必ず抗血栓療法担当科に対診を出し,返事をカルテに残しています。抗血栓薬を出しているのが他院の先生なら,一度受診して照会状に返事をもらいます。「受診した」,「双方で説明した」という形を取っておくべきだと思います。

玉井 大事な点ですね。ときどき,電話でやりとりしてしまい,記録が何もないという問題が生じます。

矢坂 最後にガイドラインについてですが,今日のようなテーマでは,学会間の連携が必須になりますね。

岡野 循環器学会ガイドライン(2004)では,内視鏡手技は生検も含めすべて高リスクとなっています。他科から見て実態に即していない点はあります。

矢坂 開かれた討論,外部評価委員の導入などが求められますね。

岡野 学会が作るガイドラインは考え方を提示するものであって,詳細な内容には触れていません。エビデンスがないことは書けませんし,訴訟の際に問題となる可能性も影響しているのでしょう。細かな事項については,各施設で独自に対応せざるを得ません。

矢坂 詳しいガイドラインが必要ですが,それが独り歩きする危険性も大きい。これも難しい問題ですね。
 今日は,消化器内科の先生方と抗血栓療法時の休薬と再開について話し合うなか,現時点での考え方と課題が明らかになりました。いろいろな場で,今日のような討論が行われることが大事だと感じています。

本ページはバイエル薬品株式会社/エーザイ株式会社の提供です

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