特別企画
座談会
アスピリンレジスタンスを考える
その概念・評価法・臨床的意義は?
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| 後藤 信哉 氏 | Carlo Patrono 氏 | 大森 司 氏 |
抗血小板薬アスピリンの脳・心血管イベント抑制効果はエビデンスが確立し,世界的コンセンサスが得られている。一方,近年「アスピリンレジスタンス(抵抗性)」という言葉が流布している状況が見られる。服薬コンプライアンスなどさまざまな要因があるにもかかわらず,アスピリン服用患者への効果が不十分と見るや「アスピリンレジスタンス」と判断し,処方を見直す臨床家も少なくない。
専門家の間では「アスピリンレジスタンス」という言葉の独り歩きを危ぶむ声が聞かれる。そもそもアスピリンレジスタンスの概念があいまいで,現時点で確立された評価法はなく,臨床的意義も定かでないからである。アスピリンの効果の適正評価が最重要と訴える内外の専門家3氏を招き,議論を通じてアスピリンレジスタンスの真相に迫っていただいた。
- 後藤 信哉 氏(司会) 東海大学内科学系 教授
- Carlo Patrono 氏 イタリア・カトリック大学薬理学 教授
- 大森 司 氏 自治医科大学分子病態治療研究センター分子病態研究部 講師
治療の失敗だけでアスピリンレジスタンスとは言えない
後藤 まず薬理学者としてアスピリンレジスタンスをめぐる問題を長年研究されているPatrono先生に,その臨床的意義に迫るのに必要な視点を示していただきたいと思います。
Patrono 「レジスタンス」という言葉は,もともと抗菌療法の領域で使われてきました。抗菌薬への曝露によって一部の微生物に遺伝子的変化が生じ,当該薬が効かなくなる現象です。レジスタンスの有無は,抗菌薬の感受性検査で容易に確認できます。レジスタンスが示された場合,他の抗菌薬に変更できます。
ところがアスピリンレジスタンスに関しては,こうしたことは何も明らかになっていません。アスピリンを投与したにもかかわらず血管イベントが発生しただけでは,アスピリンレジスタンスとは言えません。これはむしろ「治療の失敗」と言うべきでしょう。高血圧症や脂質異常症の治療薬と同様,アスピリンはすべてのイベントを抑えるわけではないのです。アテローム性血栓症は多様なリスク因子によって発症するのであり,アスピリンはその一因である血小板活性化をおもに抑制します。
アスピリンレジスタンスは,しばしば in vitroでの血小板凝集能検査によって判定されています。しかしながら血小板凝集能は,心理ストレスや年齢,性,人種,食事,ヘマトクリットレベルなどの影響を受けて日々変動します。したがって,このあいまいな現象に基づいての臨床的診断は適切とは言えません。
米国胸部疾患学会(ACCP)や欧州心臓学会(ESC),国際血栓止血学会(ISTH)は,血小板凝集能検査の実施やその結果に基づく治療変更に反対する勧告を発表しています。アスピリンの抗血小板作用はトロンボキサン(TX)A2生合成量に直接反映されるため,その安定代謝物であるTXB2 の血清濃度の測定がコンプライアンス不良や血小板シクロオキシゲナーゼ(COX)-1阻害の評価に役立つと,私は考えています。
アスピリン投与で十分な抗血小板効果が得られない理由の1つとして,一部の非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)との薬力学的相互作用が指摘されています。その臨床的な重要性はまだわかっていませんが,FDA(米食品医薬品局)はアスピリン服用患者に対し,この相互作用を回避するよう注意喚起することを求めています。また,炎症反応や血小板産生ターンオーバーの亢進が関与する可能性も指摘されています。
「レジスタンス」ではなく「個人差」として理解すべき
後藤 定義も評価法も明確でなく,アスピリンレジスタンスの実態は捉えがたい。それだけに,臨床家の大衆としての関心が高まるばかりです。私自身,最近「アスピリンレジスタンス」をテーマに講演すると,非常に多くの質問を受けます。
Patrono 私は,一種の「流行」と見ています。世界的に標準薬として汎用され,期待されている薬剤をめぐる目新しいトピックですから,学術誌でも取り上げられやすくなっているのが実情です。
後藤 Patrono先生自身は,アスピリンレジスタンスという現象を科学的にどう定義されますか。
Patrono まず「レジスタンス」という言葉は使いたくない。抗菌薬のレジスタンスとはまったく意味が異なり,誤解や混乱を招きかねないからです。私は,アスピリンあるいは他の抗血小板薬に対する反応の「個人差(interindividual variability)」として理解すべきと考えます。そうすれば,その個人差の決定要因を探る研究も本格化するのではないでしょうか。
後藤 大森先生は,アスピリンレジスタンスを「アスピリンによる血小板上のCOX-1活性阻害に対するレジスタンス」と定義して研究されていますね。
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| 図 |
大森 われわれは,アスピリン内服患者50例において,多血小板血漿のコラーゲン惹起による血小板凝集が抑制され,そのTXB2濃度は非内服例に比べて有意に低いことを見出しました(図)。このTXB2濃度は血小板由来のCOX活性を純粋に反映すると考えられますので,アスピリンを内服しても血小板COXが阻害されない患者の頻度は,実際にはきわめて低いと推察しました。
Patrono 血小板COXの阻害が唯一,アスピリンの抗血小板作用の機序だとすれば,大森先生が着目されている血小板のTX産生を測定すべきでしょう。その検査結果は,コンプライアンスの確認にも活用できます。
後藤 アスピリンレジスタンスを評価する際,コンプライアンス不良の問題は非常に重要ですね。例えばアスピリン服用患者が消化管合併症を来した場合,その投与を中止することがあります。
Patrono 患者が自己判断で勝手に服薬をやめてしまった結果,心血管イベントが再発することもあります。臨床家は,血小板凝集能検査を行う前に日ごろからコンプライアンスの重要性を患者に説明すべきです。
血小板凝集能を見ても血栓性イベントの予測につながらぬ
後藤 では,アスピリンレジスタンスをどう判定して評価すべきでしょうか。Patrono先生が先述されたように,血小板凝集能は血栓性イベントの予測因子ではないと思います。血小板凝集をほぼ完全に抑制することで注目された非可逆的グリコプロテイン(GP)IIb/IIIa阻害薬(本邦未承認)が,臨床試験においてアスピリンほどのイベント抑制効果を示さなかったことからもわかります。
Patrono GP II b/III a阻害薬だけでなく,いわゆるスーパーアスピリンについても同じことが言えます。血小板凝集を強力に抑制するものの,イベント予防につながらないという試験結果が報告されています。
大森 そのうえ,血小板凝集能は測定時間や日内変動,交感神経活性,食物摂取など多くの因子に左右されるため,一個人でも条件によりばらつき方が大きくなります。また血小板凝集は,TXB2だけでなくアデノシン二リン酸(ADP)や環状アデノシン一リン酸(cyclic AMP)など,さまざまなジグナル経路によっても影響を受けるため,単にアスピリンの作用のみを示しているとは限りません。
Patrono その通りです。
後藤 それではアラキドン酸誘発による血小板凝集を1回でなく,複数回測定する方法ではいけませんか。
Patrono アラキドン酸誘発性血小板凝集能の変動性を踏まえると,繰り返し測定するのは有意義だと思います。しかしながら血清TXB2濃度の代わりに,血小板凝集能を見なければならない特別な理由があるのでしょうか。血清TXB2濃度は,アスピリンの作用機序とより直接的に関係し,比較的安定して推移します。
後藤 ただ,血清TXB2濃度も計測法,検体,採血法のばらつきから個人差が大きいのは,特に私のような心臓医にとって気になるところです。
大森 その点は見過ごせませんが,現時点で血清TXB2濃度の測定は,少なくとも血小板凝集能よりもはるかに信頼性が高いと思います。
まずは薬力学的相互作用とコンプライアンスの確認を
後藤 本当にアスピリンに対して,COXが阻害されないという意味で,反応のない患者は非常に少なく,私は1,000例あるいは1万例に1例ぐらいだろうと考えていますが,そういう患者に対してはどのような治療を考えるべきですか。
Patrono アスピリンで抑制し得ないTXA2生合成をもたらす機序として,第一に薬力学的相互作用が挙げられます。イブプロフェンなどのNSAIDsの服用患者がアスピリンを服用すると,アスピリンの作用が減弱することが知られていますので,その相互作用を見極めるのが先決です。そのほか,COX-2を発現する炎症反応や血小板ターンオーバーの亢進などが,アスピリンによっても反応しないTX生合成として考えられています。どの機序によるのか,十分に考慮して対処することが重要だと思います。
なお,脳梗塞既往患者約1万8,000例を対象として,低用量アスピリンと選択的TX受容体拮抗薬の有用性を比較する大規模臨床試験が現在進行中です。その結果が,この問題に関する新しい知見を提供してくれると期待しています。
大森 私は,やはりアスピリン服用のコンプライアンスを確認することが先決と考えています。そのうえで出血による血小板ターンオーバーの亢進が見られないかを調べます。そしてアスピリンを160mg/日を上限に増量し,血清TXB2濃度の測定を繰り返すことにしています。
後藤 用量について言及されましたが,欧州でアスピリンはどれぐらいの用量で使われていますか。
Patrono ほとんどの患者は,最も低用量である75~100mg/日を使っています。75mgと100mgで効果に違いは見られません。米国では特に心臓医は300~325mg/日で使用することが多いですが,この用量が低用量よりも有効であることを示すエビデンスは得られていません。
大森 アスピリン用量と患者の体重の関係については,どのように考えられますか。
Patrono 体重もアスピリンの有効性に影響を及ぼす要因ですね。ただ,薬理学的に血小板COXのアセチル化に必要な最低用量は30mg/日ですから,そのほぼ 3 倍に相当する100mg/日を使えば,体重や血小板数などの個人差に十分対応できるはずです。
後藤 ところでレジスタンスの問題は,アスピリンだけでなくチクロピジンやクロピドグレルなど,他の抗血小板薬についても報告されています。しかしアスピリンと比べて,用量や個人差に関する情報が少なく,実態がよくわかりません。
Patrono そうですね。例えばクロピドグレルは,肝での代謝活性化を要するプロドラッグです。活性代謝産物の量,ひいては抗血小板効果にかなり個人差が見られます。活性代謝物が十分量形成されず,抗血小板効果が得られないのは自明の理です。これは,クロピドグレルレジスタンスと表現すべきではありません。
「再発=処方の切り替え」と安易に考えるべきでない
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後藤 最後にお尋ねします。例えばアスピリン服用中の患者が脳卒中を再発した場合,どう対処されますか。アスピリンを増量あるいは他の抗血小板薬を追加しますか。それとも他薬に切り替えられますか。
Patrono 私は,豊富なエビデンスを有するアスピリン療法にこだわります。他薬の追加や変更については,有効性や安全性を検討した試験が行われていませんので,アスピリンによる治療を続けるべきと考えます。
大森 最近の大規模臨床試験の結果を踏まえると,アスピリンに他の抗血小板薬を安易に追加することは推奨できません。併用により,出血性合併症リスクが増加することが示されているからです。
後藤 患者と相談しながら,リスクとベネフィットのバランスを考える必要があると思います。患者が重篤でない出血性合併症をあまり気にしていないのであれば,アスピリンを可能な範囲で増量できます。しかし出血の既往があったり,ことさら不安を訴えたりするような場合は,エビデンスに基づいて他の方法を考慮しなければなりません。
Patrono 同感です。対話を通じて患者の価値観や志向にも気を配りながら,治療方針を決定すべきです。
後藤 本日は,Patrono先生ならびに大森先生からたいへん有意義なお話を伺うことができました。アスピリンレジスタンスに関するおもな論点が洗い出され,現在までに確認されている事実と不明な点,今後の検討課題が見えてきました。
どうもありがとうございました。













