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[2007年8月16日 (VOL.40 NO.33) p.26]

特別企画

座談会

糖尿病患者の冠動脈疾患予防戦略を考える

宮崎 俊一 氏 Peter Gaede 氏 越山 裕行 氏
宮崎 俊一 Peter Gaede 越山 裕行

わが国ではライフスタイルの欧米化に伴い糖尿病患者数が増え続けているが,糖尿病合併症,特に冠動脈疾患の増加が問題となっている。糖尿病患者の脳・心血管イベント発症をいかに予防するかは,糖尿病診察に携わる医師たちの重要な課題と言えるだろう。 ここでは,アスピリンを含む多角管理による糖尿病患者の脳・心血管イベント抑制効果を示したSteno-2試験に従事したPeter Gaede氏をデンマークから招き,日本の糖尿病および循環器専門医を交えて糖尿病患者の冠動脈疾患予防戦略とアスピリンの位置付けについて話し合っていただいた。

宮崎 俊一 氏(司会) 近畿大学循環器内科学教授
Peter Gaede 氏 Steno Diabetes Center and Department of Cardiology, Glostrup University Hospital,Copenhagen, Denmark
越山 裕行 氏 田附興風会医学研究所北野病院糖尿病・内分泌センター部長京都大学医学部床教授

プレゼンテーション1

脳・心血管イベント抑制のための
治療戦略とアスピリン

Peter Gaede 氏 Steno Diabetes Center and Department of Cardiology, Glostrup University Hospital,Copenhagen, Denmark
図1 図2

 2002年に発表されたATT(Antithrombotic Trialists’Collaboration)は,日本を含む世界36か国が参加して行われた国際共同研究であり,287の無作為化比較試験,約20万症例を対象とした世界最大規模のメタ解析である。本研究によって低用量アスピリンが心筋梗塞や脳梗塞など種々の既往歴を有する患者の脳・心血管イベントの抑制に有効であることが証明された(図1)。
 このように,アスピリンの脳・心血管イベント抑制効果は既に確立されたエビデンスであり,世界的なコンセンサスとなっている。
 糖尿病を合併する患者におけるアスピリンの有効性についてもこれまでさまざまな検討がなされてきた。例えば,冠動脈疾患患者を対象とした欧州のコホート研究によれば,アスピリンのイベント抑制効果は,糖尿病,糖尿病非合併患者のいずれにおいても認められ,特に糖尿病患者群における絶対効果は非糖尿病患者のそれを上回ることが示唆されている(図2)。したがって脳・心血管イベント発生リスクが特に高い糖尿病患者に対して,欧米ではアスピリンの投与が推奨されている。
 一方,実際の臨床におけるアスピリン投与に際してはそのリスク"主に消化管障害のリスク"を考慮することが必要であり,胃腸障害を回避するためにアスピリンの剤形に配慮することも重要である。抗血小板薬としてアスピリンを使用する場合は長期間の服用が前提となるため,望ましい剤形は腸溶錠と思われる。
 この根拠としてSPAF試験ではアスピリン腸溶錠(325mg/日)投与による出血性合併症リスクがプラセボと同等であったことが報告されている。また,Petroskiらの報告によれば,アスピリン腸溶錠による胃粘膜障害は,アスピリン素錠や緩衝錠に比べて有意に低いことが示されている。

より効果的なイベント予防には多角管理が必要不可欠

 糖尿病患者のイベント抑制においては,糖尿病はもとより,合併する高血圧症や高脂血症といった危険因子を多角的かつ厳格に管理することが重要である。われわれが行ったSteno-2試験では,血糖・脂質・血圧の厳格な管理とアスピリン投与のほか,禁煙,運動などの多角管理を行うことによって,8年間の追跡で,心血管イベント(心血管系死亡,非致死的心筋梗塞,非致死的脳卒中,血行再建術,下肢の切断)の発症が半減する(ハザード比0.47,p=0.007)ことが示された。個々の危険因子の治療インパクトを調査したところ,アスピリンによるリスク低下率は9%であり,これは血糖管理にほぼ匹敵する効果であった。
 同試験ではさらに13年間の追跡を行い,興味深い成績が得られている。最初の8年間の追跡期間中においてコントロール群(従来治療群)に割り付けられた患者に対しても厳格な多角管理を開始し,さらに5年間の追跡を行った。その結果,13年間を通して最初から厳格な多角管理が行われた患者では,途中から厳格な多角管理を行った患者に比べて,心血管系死亡が約50%低かった。すなわち,多角管理の恩恵は,何年間にもわたって継続するのである。

プレゼンテーション2

脳・心血管イベント抑制のための
治療戦略とアスピリン

越山 裕行 氏 田附興風会医学研究所北野病院糖尿病・内分泌センター部長京都大学医学部床教授

日本人の糖尿病プロファイルを理解したうえで血糖を含む多角管理を

図3 図4

 日本では,ライフスタイルの欧米化に伴う脂肪摂取量の増大,自動車の普及による慢性的運動不足といった社会的背景も手伝って,糖尿病患者数は増加の一途をたどっている。
 しかし,欧米人と日本人ではそのプロファイルは明らかに異なっている。欧州では,肥満によるインスリン抵抗性を基盤とした2型糖尿病が多いが,日本では肥満患者はまだ欧米ほどではない。2006年に米国糖尿病協会(ADA)は,糖尿病と心血管イベントの総括的リスクである'CardiometabolicRisk'の概念を提唱した。しかし,欧州と日本で危険因子がすべて同じというわけではないし,脳・心血管系疾患のリスクと糖尿病リスクは同一ではない。高度の肥満患者が少ない日本人では,むしろインスリン分泌低下を基盤とした2型糖尿病患者が多い。したがって,われわれはこのような日本人に特徴的な糖尿病プロファイルを理解したうえで,治療を実践する必要がある(図3)。
 また近年の日本では,糖尿病合併症の分布も変化しつつある。1996年の久山町研究では,脳血管障害が冠動脈疾患を大きく上回っていたが,2004年のJDCS(JapanDiabetesComplication Study)をみると,冠動脈疾患が増加していることがわかる(図4)。
 神経症,網膜症,腎症などの細小血管合併症は血糖管理のみで発症を予防することが可能であるが,脳血管障害や冠動脈疾患などの大血管合併症は血糖管理のみでは十分な予防効果は期待できない。大血管合併症の基盤となる動脈硬化は血糖のみならず,血圧や脂質など複数の危険因子によって進展が加速するためである。したがって,これらの危険因子を総合的に管理することが重要である。

ディスカッション

糖尿病を合併する高リスク患者には積極的なアスピリン投与を

宮崎  Gaede先生が示されたように,二次予防におけるアスピリンの有用性は既に揺る ぎないものとなっています。先生は,特にイベント発症リスクの高い糖尿病を合併する患者には積極的なアスピリン投与が必要だとのお考えですね。

Gaede  はい。糖尿病を合併する患者は脳・心血管イベントの高リスク患者であり, これらの患者に対するアスピリン投与は,死亡率,大血管合併症や細小血管合併症の低減に有効だと考えています。またアスピリン療法は経済負担が少ないという点も,長期的,効果的に合併症を予防するうえで重要な要素であると思います。

宮崎  越山先生はどう思われますか。

越山  確かに,FINNISHスタディでは糖尿病患者が心筋梗塞既往例と同等の高リスクであることが示されています。ただし糖尿病患者に限定したアスピリンの脳・心血管イベントに関する研究は多くはなく,さらなるエビデンスの蓄積が必要だと思います。とくに日本人の糖尿病プロファイルは欧米のそれとは異なりますが,先ほど述べたように冠動脈疾患が増えるという欧米化のパターンをとっています。

アスピリンは糖尿病網膜出血を悪化させない

宮崎  アスピリンの抗血小板作用は動脈硬化性疾患に有用であることは確立していますが,糖尿病患者に対するアスピリンの治療のrisk-benefitについてはいかがでしょうか。

越山  網膜出血の心配はありませんか。

Gaede  確かに以前は,糖尿病を合併した心筋梗塞既往患者などへのアスピリン投与を躊躇する声もありました。薬理学的作用から考えてアスピリンが網膜出血を悪化するかもしれないと考えられていたのです。しかしその後,糖尿病患者においてアスピリンが網膜症を悪化させないことを示したETDRSが報告されました。さらに,Steno-2試験ではアスピリン投与によりむしろ細小血管合併症が50%近く減少することが示されました。ですから,糖尿病患者にアスピリン投与を躊躇する必要はありません。

アスピリンによるイベント抑制効果には,抗血小板作用のほかに抗炎症作用も寄与

宮崎  糖尿病を合併している患者に対してアスピリンのイベント抑制効果はどのような機序でもたらされるとお考えでしょうか。

Gaede  米国の医師約2万人を対象に行われたPhysicians' Health Studyの一環として行われた研究では,脳・心血管イベント発症リスクはCRP値が高いほど高くなることが示され,またアスピリン投与群ではCRP値が最も高い群において最も高いイベント抑制効果が認められたと報告されています。このことから,アスピリンのイベント抑制効果には抗血小板作用のみならず,抗炎症作用も寄与していることが示唆されます。糖尿病患者では炎症性反応が亢進していますから,アスピリンの投与は合理的と言えます。

宮崎  アスピリンの抗炎症作用がプラークの安定化に一役買っているということでしょうか。

Gaede  はい。たとえ低用量であっても,そのような作用が期待できると私は考えています。

アスピリンのイベント抑制効果は血糖管理に匹敵

宮崎  Steno-2試験では,危険因子を多角的に管理することの重要性が明らかにされました。

Gaede  はい。8年間の追跡結果でもそうですが,さらに13年間の追跡では,5年間の厳格な多角管理を行った群よりも,トータル13年間の厳格な多角管理を行った群で,総死亡,心血管系死亡,心血管イベントの絶対リスクが,それぞれ20%,13%,29%低下することが示されています。したがって,早期からの多角管理の重要性は明白です。
 ただ一方で,糖尿病患者におけるリスク管理の現状はきわめて不十分だとする報告もあり,そのような状況改善が望まれます。
 冒頭にお示ししたように,アスピリンは血糖管理に匹敵するイベント抑制効果をもたらします。ですから糖尿病患者に対しては,アスピリン投与は必須だと思います。実際に,われわれのセンターでは2型糖尿病を合併している患者には全例,アスピリンの投与を行っています。

宮崎  いかに良好な服薬コンプライアンスを保つかも重要ですね。

Gaede  その通りです。

冠動脈疾患患者ではIGTも含めた糖尿病が潜在

Gaede  日本では糖尿病患者のケアは実地臨床医の先生が行うことが多いのですか。

越山  日常の診療は実地臨床医の先生が行い,必要に応じて専門科のある病院に紹介するというのが一般的です。糖尿病患者の70%は実地臨床医の手に委ねられていると思います。

Gaede  実地臨床医が糖尿病診療に大きな責任を担っているということですから,これらの先生方が実践しやすいガイドラインが必要ですね。

宮崎  その通りです。以前から実地臨床の現場では循環器科または糖尿病科のどちらが糖尿病診療を行うかというディスカッションがありました。つまり循環器科医が糖尿病に対する理解不足のために糖尿病症例を診療したがらないという問題があったのです。

越山  われわれの施設では,多科,多職種による糖尿病チームが構成されています。

Gaede  それはすばらしいですね。

宮崎  数年前にわれわれは,冠動脈疾患患者(心筋梗塞および狭心症)534例について,75gOGTTを実施しました。その結果,正常血糖を示した患者はわずか4分の1であり,79%は耐糖能異常(IGT)または糖尿病を合併していることがわかりました。したがって,冠動脈疾患を有する患者では,糖尿病またはIGTを合併していないかどうかを疑い,これらを見逃さないことも重要です。

Gaede  その通りだと思います。

宮崎  本日のディスカッションを通し,糖尿病を合併する患者におけるアスピリンの有用性,および血糖,脂質,血圧といった多角管理が冠動脈イベント抑制のための重要な治療戦略となることがよくわかりました。本日はどうもありがとうございました。

本ページはバイエル薬品株式会社の提供です

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