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[2007年2月22日 (VOL.40 NO.8) p.52]

特別企画

バイエルCVRMシンポジウム in 東京
Bayer Symposium on
Cardiovascular Risk Management, 2006

血管保護への多面的アプローチをいかに行うか

 メタボリックシンドロームという言葉が流行語となり,病態に対する理解も深まりつつある。しかし,その是正には困難が伴う。この点から,肥満(内臓脂肪の蓄積)や高血圧,脂質代謝異常や糖代謝異常などの病態を,脳・心血管系イベントのリスクとして位置付け,これらを包括的に管理するため多面的なアプローチを行うという治療概念,すなわちcardiovascular risk management(CVRM)の考え方が重要になってきた。
しかし,脳卒中や心筋梗塞,腎障害といったイベントへの進展リスクを的確に把握し,個別のリスクに対する治療を正しく行うことは容易ではない。各専門分野の枠を超えた経験や知識,ノウハウの共有が求められている。
そうした視点で企画された本シンポジウムでは,脳卒中と糖尿病,循環器とゲノム医学の4人の専門家が講演を行った。脳卒中診療の地域連携,エネルギー代謝における転写因子の役割,血管細胞の老化と動脈硬化の関係,心筋梗塞関連遺伝子の発見という課題に取り組んだ4氏の発表をレポートする。
総合座長
竹下 彰氏
九州大学名誉教授 総合座長コメント

 バイエルCVRMシンポジウムも,今年で第6回を数えることになった。その間に,高血圧や脂質代謝異常,糖代謝異常を,相互に関連する隣接した病態として理解することは常識となってきた。それに伴って,当初は耳慣れなかったcardiovascular risk managementという言葉,脳・心血管系イベントリスクの包括的管理というコンセプトも定着してきたと言える。
本日のシンポジウムでは,脳卒中,糖尿病,循環器,ゲノム医学の専門家をお招きして,それぞれの最新の取り組みについて話していただく。まさに,臨床や研究の最前線に立つトップランナーの講演を,私も450人の参加者とともに拝聴し,明日の医療に結び付けていきたいと思う。

講演1
抗血小板療法
Brain Attack時代の課題は何か

演者
橋本洋一郎氏
熊本市立熊本市民病院
神経内科部長
座長
棚橋紀夫氏
埼玉医科大学内科学
神経内科部門教授

 脳梗塞診療はrt-PAをはじめとする急性期治療の進歩,stroke unit (SU)やクリニカルパスの導入,救急態勢の整備,医療施設の機能分化などで大きく変化しつつある。熊本市立熊本市民病院神経内科部長の橋本洋一郎氏は,熊本地区での取り組みを紹介しながら,急性期医療の現状や課題を明らかにした。

脳梗塞の知識と対処法の啓発が必要

  米国では脳卒中をbrain attackと呼び,“Time lost is brain lost”のスローガンでキャンペーンを繰り広げている。日本でもrt-PAが認可されたが,脳梗塞が一刻を争う疾患であるとの認識はまだまだ弱い。
熊本市とその周辺を含む人口100万人の医療圏では,熊本市民病院,済生会熊本病院など 4 施設が24時間態勢で脳梗塞急性期患者を受け入れており,総数は年間1,300〜1,400例に上る。しかし,入院経路を見ると外来受診や紹介患者が多く,救急車での搬送は 3 割前後にすぎない。このため,rt-PA療法の対象となる症例が限られるのが実情だという。
したがって脳梗塞の正しい知識と対策を市民に啓発する必要がある。米国では家族や同僚に異常があったとき,(1)笑ってもらい片頬が落ちないか(Face),(2)腕を挙げ片手が落ちないか(Arms),(3)簡単な文を復唱させ,ろれつや正確さはどうか(Speech),(4)どれかがあれば脳細胞が死んでいるので,すぐに救急車を呼ぶ(Time)という市民向けキャンペーン,Act F.A.S.T.が行われている。

地域リハ態勢の整備が課題

図1
  続いて,橋本氏らが熊本地区で構築した「熊本脳卒中ネットワーク」を紹介した(図 1)。同ネットワークは(1)かかりつけ医,(2)急性期病院,(3)リハビリテーション(リハ)専門病院,(4)療養型病院・介護施設がそれぞれの機能を果たしつつ連携し,地域完結型の診療を目指すもの。そこでは患者情報と診療指針の共有が必須となるため,施設横断的に「火の国脳卒中カンファレンス」,「脳血管疾患の障害を考える会」,救急症例検討会などを組織。率直な討論の継続により,急性期から維持期までの継ぎ目のない医療(シームレスケア)を可能にしたという。
脳梗塞では,急性期医療が脚光を浴びがちだが,実際に患者を長期に診るのは回復期のリハ専門病院や療養型施設だ。同氏は「脳梗塞治療の要は広義のリハビリテーション。その効果を上げるため,急性期から回復・維持期までのリハ態勢を地域ごとに整備し,質と量を高めていくことが大事」とする。ところが全国的に見ると,急性期病院とリハ施設の連携が円滑に行われている地域は限られている。その理由は,リハ専門医の絶対的不足にある。また,人口10万当たり50床必要とされる回復期のリハ病床も,これを満たしているのは数県にすぎない。リハ専門医と回復期リハ病床をどう増やすかも今後の大きなテーマとなる。

急性期治療のカギを握るstroke unit

  脳卒中診療システムのなかで,有効性のエビデンスが存在するのは,SU,早期退院支援(Early Supported Discharge)サービス,在宅での治療的リハの 3 つである。特に急性期医療ではSUがカギを握る。SUは,専門医,看護師,理学療法士などの多職種のスタッフがチームを組み,急性期の処置から回復期リハまで一貫して行う態勢のこと。ハードウエア自体は,一般病棟と変わらない。
ここで実施するのは,プログラムに沿った診断と治療,早期離床・早期リハ,感染対策,栄養管理などである。これまでの報告で,SUは一般病棟に比べ短期死亡率を20〜30%,長期死亡率を30〜40%低下,入院期間も30%短縮することが確認されている。しかし,日本では普及が遅れており,同氏は「急性期病院でのSU整備が喫緊の課題」と指摘する。
図2
  最後に橋本氏は,薬物療法の概要を説明した。特に抗血小板薬に関しては,非心原性脳梗塞の発症直後から慢性期まで長期の投与が必要である。同氏は,第一病日から二次予防は始まると考えて投与を開始。退院後も長く継続する点から,国内外のガイドラインで唯一,急性期から慢性期の使用が推奨されているアスピリンを選択している。最近は,抗血小板薬の休薬による再発リスク上昇の問題が指摘されている。ガイドラインでは抜歯時も抗血小板薬継続が望ましいと記載されており,この認識を広めることも課題だという。
さらに,脳梗塞治療をサッカーにたとえ,rt-PAはフォワード,アスピリンなどの抗血栓療法はミッドフィルダー,脳保護療法や早期離床・早期リハはディフェンス,輸液・感染対策はゴールキーパーとした(図2)。同氏は「rt-PAは待望久しいストライカーだが,中盤を固める抗血栓療法の重要性も増している」と述べている。

講演2
血糖管理
メタボリックシンドロームには
エネルギー転写因子が密接に関与

演者
島野 仁氏
筑波大学附属病院教授
座長
田嶼尚子氏
東京慈恵会医科大学内科学講座
糖尿病・代謝・内分泌内科
主任教授

 筑波大学附属病院教授の島野仁氏はcardiovascular risk managementの実際を,糖尿病患者の動脈硬化予防の観点から概説。さらに,エネルギー代謝の破綻が脂質合成亢進やインスリン作用低下に結び付く機序を転写因子とのかかわりから考察した。

すべての危険因子の包括管理が重要

  島野氏はまず,JDCSの成績などから日本人の 2 型糖尿病には肥満例が意外に少ない点を指摘。ハイリスク群ではウエスト周囲径を必須項目にしたメタボリックシンドロームの診断基準にとらわれず,すべての危険因子の包括管理が重要だとした。特に糖尿病では動脈硬化が進展しやすく,心筋梗塞や脳梗塞の発症が多いので,(1)血糖(特に食後高血糖),(2)高脂血症,(3)インスリン抵抗性を考慮した治療戦略が求められる。
糖尿病の血管合併症予防における血糖管理の意義は論を待たないが,動脈硬化予防にはそれだけでは不十分である。食後高血糖が空腹時高血糖よりハイリスクであること,食後高血糖が前面に出るIGTの段階で動脈硬化が進行しやすいことなどは,種々の成績で明らかである。そして,食後高血糖を改善するアカルボースが心血管疾患発症を抑えるとのエビデンスも認められている。
糖尿病例の高脂血症に関しては,JDCSの成績から血中トリグリセライド(TG)の危険性が明確になった。したがって,LDL-CとTGの両方を適正に管理する必要があり,スタチンのみならずフィブラートの使用も考慮すべきである。一方インスリン抵抗性に関しては,チアゾリジン誘導体に期待が寄せられる。ここで注目されるのはフィブラート,チアゾリジン誘導体,スタチンのいずれもが,転写因子を活性化する点だ。この点から同氏は,エネルギー代謝における転写因子の関与に話題を移した。

SREBPが脂肪酸やTGの合成を高める

  メタボリックシンドロームは,エネルギーバランスが過剰側に傾くことで起こる。それは,減量により多くの病態が改善することでも明らかであろう。では,なぜエネルギーバランスが崩れると,糖代謝や脂質代謝の異常が生じるのか。両者を結ぶ因子として着目されるのが,エネルギー代謝を調節する転写因子,特にSREBP(Sterol regulatory element binding proteins)だ。
SREBPはBrownらによって,細胞内のコレステロールを一定に保つ転写因子として発見された。島野氏らがSREBPを過剰発現させたマウスを作製したところ,脂質合成が活発化,脂肪肝が形成された。脂肪組成を調べると,コレステロールだけでなく脂肪酸やTGも蓄積していた。同氏らはこの所見をきっかけに,コレステロール合成をおもに司るのは,SREBPファミリーのSREBP-2で,SREBP-1は糖から脂肪酸やTGを作り出す指令役であることを突き止めたという。特に肝臓では,過食などで栄養過多の状態になると,SREBP-1cが増加。余分な糖を原料に脂肪酸,TGなどを合成し,過剰なエネルギーを体内に蓄える役割を果たす。
図1
  さらに,SREBP-1cはインスリン抵抗性とも関係する。肝臓でのインスリン作用の中心的なメディエーターは,インスリン受容体基質(IRS)-2 である。肥満マウスなどSREBP-1が誘導される条件ではIRS-2の発現は低下し,インスリン抵抗性となる。そこで,マウスにSREBP-1を過剰発現させると,肝臓でのIRS-2発現は減少,グリコーゲン合成は抑制された(図 1)。つまりSREBP-1活性化がIRS-2の発現を抑え,インスリン抵抗性を引き起こすと考えられた。
こうした検討を踏まえて同氏は「栄養過多時の肝臓SREBP-1活性化は糖から脂肪酸やTGを合成し,他方でインスリン抵抗性を惹起する。これらが相まってメタボリックシンドロームを悪化させる」とした。

新しい善玉転写因子TFE3を発見

図2
  ところで,エネルギー代謝を調節する転写因子には,SREBPのほかに脂肪酸の分解を促進するPPARα,末梢での脂肪分化を促すPPARγ,過剰なコレステロールの処理に働くLXRなどがある(図 2)。これらの中には,悪玉ばかりでなく善玉もある。島野氏は最近,さらに新しい善玉転写因子,TFE3を発見した。
糖尿病モデルマウスの肝臓でTFE3を活性化させると,糖代謝やインスリン抵抗性が改善することがわかった。そして,そのメカニズムを調べると,SREBP-1がIRS-2を抑えてインスリン抵抗性を引き起こすのとは反対に,IRS-2発現を促進,インスリンシグナルを改善することが判明した。さらに,TFE3にはグリコーゲンの合成を増強して,脂質合成を弱める作用もある。すなわち,TFE3はメタボリックシンドロームの病態全体に拮抗的に働く可能性が示唆された。同氏は「治療薬に結び付くかどうかは先の話だが」と前置きしつつ,エネルギー代謝異常を包括的に治療しうる転写ネットワークの制御薬剤に期待を寄せている。

講演3
血圧・心臓病管理
血管細胞の老化は動脈硬化を促進する

演者
小室一成氏
千葉大学大学院
循環病態医科学教授
座長
松崎益徳氏
山口大学大学院
器官病態内科学教授

 千葉大学大学院循環病態医科学教授の小室一成氏は「細胞の老化からみた動脈硬化」と題して講演。血管細胞の老化が動脈硬化を促進し,これを抑えると動脈硬化も予防できることを示す自らの研究成績を紹介した。これに関連して,インスリンシグナルが血管の老化に関与すること,ニフェジピンは血圧を下げるだけでなく,血管の老化や動脈硬化を抑制する可能性があることなどを示した。

動脈硬化巣に老化した細胞が存在

  小室氏はまず,血管の老化と動脈硬化をめぐる知見を紹介した。血管は加齢とともに変化する。内皮細胞では,NOやプロスタサイクリンの産生が減り,内皮依存性弛緩反応が弱まるほか,ICAM-1のような接着分子やIL-1βのような炎症性サイトカインが増え,炎症反応が増強する。平滑筋細胞では,軟らかいエラスチンが減り,硬いコラーゲンが増えるなど細胞外マトリクスが変化,内皮非依存性弛緩反応も減弱するという。
一方,癌細胞などを除くほとんどすべての細胞の分裂回数は有限であり,“細胞老化”の概念が提唱されている。老化した細胞は若い細胞と形態が異なり,p53,p21,p16のような細胞周期関連遺伝子や,加齢で活性が亢進するβ-ガラクトシダーゼ(β-gal)活性が上昇することが認められる。
同氏らは最近,このような老化した細胞がヒト動脈硬化巣に存在することを確認した。そこで,血管細胞の老化が動脈硬化に関係する可能性に基づき,一連の検討を行った。

内皮細胞,平滑筋細胞の
細胞老化が動脈硬化を促す

  ところで,内皮細胞の機能不全が血管の老化や動脈硬化をもたらす機序としては,染色体末端部の構造であるテロメアの短縮を介する機序と癌遺伝子Rasの活性化を介する機序が想定されている。小室氏らは今回,後者に注目して検討を行った。その結果, in vitroでの持続的なRas活性化は内皮細胞や平滑筋細胞の老化を惹起,炎症性分子の発現を誘導した。in vivoで見ても,持続的なRas活性化はこれら血管細胞の老化を促し,血管の炎症を引き起こした。
次に,Rasを活性化するアンジオテンシン II (A II )を培養平滑筋細胞に加えると,細胞老化が進むとともにp53活性が上昇した。このA II を動脈硬化モデルのApoEノックアウトマウス(ApoEKO)に与えると,β-gal活性が亢進し,動脈硬化巣の著しい増大と大動脈瘤の形成が認められた。
図1 図2
  今度は,老化を促すp21のノックアウトマウス(p21KO)とApoEKOを交配させ,ダブルノックアウトマウス(DKO)を作製した。その結果,DKOではApoEKOよりA II による血管細胞の老化が抑えられた(図 1)。DKOでは,A II によるICAM-1やIL-1βの発現増加も抑えられ,血管の炎症も是正された。また,A II による動脈硬化や大動脈瘤形成が抑制され,死亡率が低下した(図 2)。この結果を同氏は,「血管の老化を抑えると動脈硬化を抑制しうることにより,血管の老化が動脈硬化の原因となることを示している」と要約した。

血管の老化にはインスリンシグナルも関与

  次に小室氏は,血管の老化とインスリンシグナルをめぐる検討を紹介した。近年,酵母からマウスに至る幅広い生物種においてカロリー制限の寿命延長作用が認められている。その機序について,線虫ではDAF2→Age-1→Akt経路の分子の減少が関与すると報告されている。興味深いことにヒトでのこの経路は,インスリン/IGF-1受容体→PI3K→Aktのインスリンシグナル経路に相当する。
そこで同氏らは,内皮細胞の寿命とAktの関係を検討。Aktがヒト内皮細胞の寿命を短縮させることを明らかにした。また,持続的なAkt活性化はp53やp21を活性化し,細胞老化を促すこと,それはp53の抑制で回避できることなどを確認した。
その機序については,AktはFOXO(Forkhead転写因子)の働きを抑えるため活性酸素が増え,これがp53を活性化,細胞老化を促すと推測された。Aktはインスリンの下流でシグナル伝達を担い,糖代謝に貢献している。ところが今回の検討からは,Aktを含むインスリンシグナルが血管の老化を促すという,悪玉としての役割が明らかになったわけだ。
最後に小室氏は,Ca拮抗薬ニフェジピンと血管老化をめぐる知見を紹介した。以前からニフェジピンは,降圧薬,抗狭心症薬として広く用いられているが,一方でNO産生増強や酸化ストレス軽減などの作用も知られている。そこで同氏らは,ApoEKOに高脂肪食を与えニフェジピンの影響を見た。すると,血圧や体重に変化を及ぼさない用量で,血管細胞老化,炎症性サイトカイン発現,動脈硬化が有意に抑制された。この結果は血管に対するニフェジピンの新しい作用を示唆しており,同氏は大きな期待を寄せている。

特別講演
全ゲノム相関解析で
心筋梗塞感受性遺伝子を同定

演者
田中敏博氏
独立行政法人理化学研究所
遺伝子多型研究センター
疾患関連遺伝子研究グループ
心筋梗塞関連遺伝子研究チーム
チームリーダー
座長
竹下 彰氏
九州大学名誉教授

  2001年にヒトゲノムの全塩基配列が解明されて以来,種々の疾患で遺伝要因解明のためのゲノム解析が進められている。理化学研究所遺伝子多型研究センターの田中敏博氏は,「心筋梗塞の遺伝的背景」と題して講演。ゲノム解析の最終目標がオーダーメイド医療にあることを示し,同氏らの全ゲノム相関解析で,心筋梗塞発症にかかわる炎症関連遺伝子の多型が見出されたことを報告した。

ゲノムからオーダーメイド医療へ

  田中氏はゲノム解析とは何かを,ゲノム,体系的解析,多様性,オーダーメイドの 4 つのキーワードで解説した。すなわち,ヒトゲノム全塩基配列の決定は,DNA→RNA→蛋白質という一連の流れを体系的に解析することを可能にした。従来は「木」を 1 本ずつ見ていたものが,「森」の全体像を把握したうえで,目標の「木」を調べられるようになったわけだ。この体系的ゲノム解析は,遺伝子の機能から候補を絞り込むアプローチではないため,意外な遺伝子を見出す可能性を秘めている。
こうしたアプローチによって解明されようとしているのが,ヒトの多様性である。病気のかかりやすさや薬剤の効果,副作用の強さや発現頻度などについての個人差は非常に大きく,ここでオーダーメイド医療が必要となる。すなわち,ヒトの多様性をDNAの質的相違から検討し,個々の患者に応じた医療の提供を目指すものである。
例えば,効果や副作用に関する薬剤感受性を規定する遺伝子が同定されれば,必要量を必要時に必要な人に投与できる。Common disease関連遺伝子群が同定されれば,それを標的とした薬剤開発や治療の個別化が可能となる。発症前に高リスク群が同定されると,生活習慣改善や服薬による予防も射程に入る。ただ,common diseaseでは遺伝子異常と疾患発症の間に複雑なネットワークが存在する。体系的ゲノム解析で判明する遺伝子は,決定因子ではなく危険因子にすぎない例がほとんどである。したがって,偏りがなく十分な数のサンプルで検討し,再現性を確保する必要がある。

心筋梗塞の疾患感受性遺伝子として
炎症関連遺伝子を同定

  次に田中氏は,心筋梗塞と相関する疾患感受性遺伝子の同定について報告した。遺伝子多型研究センターでは,約10万個の一塩基多型(SNP)パターンを調べたSNPタイピングデータベースを構築。これを大阪大学循環器内科と関連23施設から提供された心筋梗塞患者DNAサンプルの情報と突き合わせ,世界に先駆けた全ゲノム相関解析を実施した。
同氏らはまず,94サンプルから得られた約 6 万5,000のSNPについて一次スクリーニングを行い,有意差水準 p<0.01のSNPを約1,000個発見。続いて,それらについてサンプル数を増やし再検証したところ,最終的に心筋梗塞に関わるSNPとしてリンフォトキシンα(LTA)遺伝子の3個のSNPを見出した。これらは,同一症例が 3 種の多型を併せ持つことがほとんどである連鎖不平衡の関係にあった。また,高血圧や糖尿病などの危険因子とは無関係の,独立した危険因子であった。
LTAは炎症に先立って分泌されるサイトカインで,TNF-βとも呼ばれる。イントロン 1 のSNPがG(グアニン)のとき転写活性が亢進,エクソン 3 のSNPがA(アデニン)の場合,VCAM-1やE-セレクチンなどの細胞接着因子の誘導能が高まる。これらのSNPはLTAの機能を量的,質的に変化させ炎症活性を高めると考えられる。
*DNA中,mRNAに転写される塩基配列をエクソン,2 つのエクソン間に介在してmRNAに転写されない部分をイントロンと呼ぶ。

LTA,ガレクチン 2,
PSMA6のSNPが重複すると心筋梗塞リスクは3.5倍に

  続いて田中氏らはLTA蛋白に結合するガレクチン 2 蛋白を同定。ガレクチン 2 をコードする遺伝子LGALS2を検索すると,そこにも心筋梗塞発症にかかわるSNPがあることがわかった。さらに,ガレクチン2がLTAの細胞外への分泌量を調節すること,細胞骨格であるチューブリンと結合することも明らかになった。これらの結果から同氏は,心筋梗塞発症に関与する機序について,「ガレクチン 2 はLTAと結合し,チューブリン上を伝ってLTAを細胞外に輸送する。LGALS2のSNPがT(チミン)の場合,ガレクチン 2 が減少して細胞外に分泌されるLTAが減る。そのため炎症が低レベルにとどまり,心筋梗塞になりにくいのだろう」と考察した。
さらに最近,同氏らはこれまでの解析で明らかになった炎症の重要性を踏まえ,炎症の制御に関係するプロテアソーム系の蛋白をコードする遺伝子に注目した候補遺伝子解析を行った。この解析からは,プロテアソーム複合体サブユニットαタイプ 6(PSMA6)遺伝子のエクソン1に存在するSNPが,心筋梗塞発症に関連することが明らかになった。
田中氏は以上を総括して「LTA,ガレクチン 2,PSMA6という 3 つの疾患感受性遺伝子は,いずれも単独では心筋梗塞発症リスクを1.5倍程度上昇させるだけだが,それらが重複するとリスクは3.5倍になる」とし,こうした遺伝子解析の意義が小さくない点を強調した。

本ページはバイエル薬品株式会社の提供です

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