特別企画WCC 2006「アスピリン抵抗性」の実態は正しく理解されているか米国のPaul A. Gurbel氏は,自験により「アスピリン抵抗性」の発現頻度が検査法の違いによって左右されることを明らかにし,その実態を正しく捉える重要性を強調した。ドイツのKarsten Schrör氏は,臨床における概念として「抵抗性」という用語が適切でないと説くとともに,検査法の標準化や原因・予後の研究推進に必要な視点を示した。 東京女子医科大学循環器内科の村崎かがり氏による講評と併せて,両氏の講演内容を紹介する。
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アスピリンの抗血小板凝集能は COX-1特異的検査で評価すべき
米国・ボルチモア・シナイ病院心臓病学 部長 |
Gurbel氏は,近年の「アスピリン抵抗性」に関する知見をまとめたうえで,種々の検査法・投与量による抵抗性発現の自験結果を紹介した。
「アスピリン抵抗性」発現率は
検査法によって大きく異なる
Gurbel氏によると,今日までに報告された「アスピリン抵抗性」の発現率は0.4〜54%と差異が非常に大きい。「抵抗性」という言葉がさまざまな意味で使われ,検査法も定まっていないためと考えられる。発現率は,アラキドン酸誘発の血小板凝集を捕捉するCOX-1特異的検査で低く,COX-1活性を直接的に示さないCOX-1非特異的検査では高く示される傾向が見られる。
また,チエノピリジン系抗血小板薬の使用例でも,アスピリンと同様の「抵抗性」が認められる。最近は「抗血小板薬抵抗性(antiplatelet resistance)」として基礎および臨床の研究が活発化しており,脳・心疾患関連の国際学会で取り上げられることが増えている。
COX-1非特異的検査を用いると
抵抗性発現率が高くなりがち
検討対象は,安定冠動脈疾患の患者120例(平均65歳/男性69%)。前向き無作為二重盲検・ラテン方格法により,各患者にアスピリン81,162,325mg/日を各 4 週,計12週投与した。服薬コンプライアンスを厳格に管理し,血液サンプルは各用量の投与最終日に回収した。なお,対象の除外基準は出血素因,消化管出血,脳出血,薬物またはアルコールの乱用,血液凝固障害,大手術後 6 週未満,血小板10万個/mm3未満,ヘマトクリット値30%未満,クレアチニン値4.0mg/dL超,他の抗血小板薬の併用例とした。
その結果,COX-1特異的検査で示された「アスピリン抵抗性」の発現率は,COX-1非特異的検査と比べて明らかに低かった(表 1)。特にアラキドン酸誘発性血小板凝集をLTAで測定した際,アスピリン325mg/日投与で抵抗性を来したケースは 1 例もなかった。一方,抵抗性発現率が32%と最も高かったのは,COX-1非特異的検査であるPFA-100で測定されたアスピリン81mg/日投与群であった。
投与量・検査法と抵抗性発現の
明確な関係は示されなかった
以上より,Gurbel氏は「COX-1特異的検査で示された『アスピリン抵抗性』の発現率は 5 %以下と低く,COX-1非特異的検査では高かった。抵抗性発現率とアスピリン投与量の関係は,明確には認められなかった。また,種々の検査法で判明した抵抗性発現例はほとんど一致せず,特にCOX-1非特異的検査の結果はうのみにできないことが示唆された。われわれは,現時点ではCOX-1特異的検査による測定が望ましいと考えている」と総括した。
抗血小板薬の薬理作用と 臨床効果を混同してはいけない
ドイツ・ハインリッヒハイネ大学薬理学・臨床薬理学研究所 教授 |
Schrör氏は,一般に「抗血小板薬抵抗性」と呼ばれる病態生理の臨床実態に関する検討結果を示し,その発現要因や予後への影響を考察した。
臨床実態が誤解される一因は
「抵抗性」という用語にある
しかし,先にGurbel氏が述べたように「抗血小板薬抵抗性」の概念は確立されておらず,標準的な検査法も存在しない。Schrör氏は,血小板凝集能抑制効果の不良と臨床予後の相関関係も実証されていないと指摘した。
そこで同氏はまず,いわゆる「抗血小板薬抵抗性」の概念の揺らぎにメスを入れた。その是正は,病態生理の臨床実態を先決し,それに見合う用語を定めることから始まる,と同氏は述べた。
同氏は,臨床実態を「標準用量のアスピリン(75〜300mg/日)またはクロピドグレル(初回300mg負荷投与後75mg/日)により,血小板凝集能が十分に抑制されない状態」と仮定した。そのうえで「薬剤の反応性には個体差が見られる。効果不良は,単なる用量不足に起因することもある。こうした薬理学的な不具合と,治療の失敗は分けて考えなければならない」と付言した。
この考え方によれば,今日頻用されている「抵抗性(resistance)」は不適切と言える。薬理作用と臨床効果のどちらに対する言葉なのか,峻別できないからである。では,臨床用語の「治療の失敗(treatment failure)」はどうか—。臨床実態の特異性が伝わらず,共通理解を得るのは難しい。同氏は,統一用語の最有力候補として「不応性(non-responsiveness)」を挙げた。「抗血小板薬の作用が,血小板の感受性に働かない状態を表現しえている」と語った。実際「不応性」という用語は,最近徐々に浸透してきている。
アスピリン不応性は服薬指導や
増量によって解決することも
一方,アスピリン不応性が生じる原因は,薬剤関連因子と疾患関連因子に大別される(表)。前者には,バイオアベイラビリティ(生物学的利用能)の不足,イブプロフェンなど特定の非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)によるCOX-1とアスピリンの結合阻害,血小板上のCOX-1の感受性低下などが認められる。後者は,疾患由来の変性によるもので,アスピリンの作用機序を介さずに生じる血小板活性の亢進,アスピリンの作用発現に重要な血小板上のコラーゲン受容体などの変性,脂質の過酸化産物であるイソプロスタンなどによるTX生合成の亢進が含まれる。
とりわけバイオアベイラビリティの不足によって,アスピリンの効果が十分に発揮されないことは多々ある。このため,服薬コンプライアンスの徹底や不適切な低用量投与の回避を心掛けなければならない。
さらに最新の研究では,血小板上にCOX-1以外の酵素が発現していることが発見された。同氏らが,CABG例における血小板上のCOX発現状況を観察したところ,COX-1発現が術後に減少した半面,従来知られていなかったCOX-2の変異体COX-2aが著明に増加していた(図2)。
アスピリン不応性と臨床予後の
関係は明らかにされていない
この臨床的関心に応える報告として注目されたのは,米国のGumらが2003年に発表した安定心血管疾患患者の予後成績である。「アスピリン抵抗性」は対象326例中17例(5.2%)に認められ,抵抗例の死亡・MI・脳卒中発生率が非抵抗例と比べて有意に高いことが示された。彼女らは「アスピリン抵抗性を来すことで,主要有害イベント発生リスクは非抵抗例の3倍以上になる」と推察した。
しかし,Schrör氏は「この研究をめぐっては,2 種類の検査法で『アスピリン抵抗性』を測定し,いずれか一方の結果を採用した点などを批判する意見も出た。実際,各検査法で得られる結果に相関は見られない。対象数も十分とは言えない」と評した。確かなことは,アスピリン不応性と予後成績の関係は明確にされていないということ,したがって安易な判断は禁物ということである。
同氏は「臨床家には,まず『アスピリン抵抗性』が何を意味する言葉なのかを考え直していただきたい。血小板機能に対する薬理学的作用に関する概念として,臨床効果と分けて考えるべきであり,『不応性』と称したほうがよいだろう。また,in vitroの血小板機能検査は,アスピリンの薬理学的作用に関する情報を得るのに有用であるが,生体内での反応を正しく評価することにつながらない。不応性は,アスピリンやクロピドグレルだけでなく,すべての薬剤に認められる。抗血小板薬の有用性を最大限活用しながら不応性の問題と向き合い,脳・心血管イベント予防を推進していくことが重要である」と述べ,講演を締めくくった。
炎症・糖尿病・アスピリン 脳・心血管リスク抑制の機序を考える
ドイツ・ボッフム大学附属NRW州立心臓・糖尿病センター 教授 |
Tschöpe氏は,糖尿病と脳・心血管イベントの関係と両者にかかわる炎症に主眼を置き,糖尿病合併例へのアスピリン療法の意義を考察した。
脳・心血管リスク抑制に有用な
アスピリンの処方率は依然低い
そこで米国糖尿病協会は2004年,次のような患者へのアスピリン療法(75〜162mg/日)をエビデンスレベルAとして推奨した。(1)MIや血管バイパス術,脳卒中または一過性脳虚血発作(TIA),末梢血管疾患,間欠性跛行,狭心症の既往がある糖尿病例。(2)40歳以上であるか,他の危険因子(心血管疾患の家族歴,高血圧症,喫煙,高脂血症,尿蛋白陽性)を有する,心血管イベントリスクの高い 2 型糖尿病例。
ところが,実際は脳・心血管リスクの抑制にアスピリン療法は,十分に活用されていないのが現状である。Tschöpe氏は「Staffordの調査によると,冠動脈疾患の外来患者へのアスピリン処方率は26.2%(1996年),糖尿病合併例に限ると21.9%(93〜96年の平均)となっている。処方率は最近,上昇傾向にあるが,まだまだ低いと言わざるをえない」と語った。
抗血小板薬アスピリンの効果は
抗炎症作用とともに現れるのか
糖尿病例でのアテローム発生は,おもに血管内皮機能障害に起因し,末梢病変を来しながら急速に進展する。LDLコレステロールのようなアテローム発生の基質は,酸化ストレスが増えると変性し,内皮細胞直下で単球由来マクロファージに取り込まれる。するとマクロファージは,炎症性のサイトカインやケモカインを産生し始める。血管内膜上には接着分子が発現し,血管壁に白血球が粘着してアテロームが生じてくる。したがって炎症は,アテローム性血管障害の特質であると考えられる。
実際に糖尿病例では,炎症反応の指標であるC反応性蛋白(CRP)の産生が増加している。また,Physicians' Health Study(1989)のサブ解析で,健常者のベースライン時の血漿CRP濃度がMIおよび脳卒中発症の予測因子になりうることが示唆されている。高感度CRP値がHbA1c値と相関し,血中アディポネクチン濃度と逆相関するとの報告もある。
一方,糖尿病例は,血小板凝集能の亢進や血管内皮障害,凝固系の異常,フィブリン溶解作用の減弱により,前血栓状態に陥っていることが多い。活性化した血小板は,微小循環系の慢性閉塞につながる白色血栓形成の原因になる。活性化した血小板から放出される血管収縮伝達因子や細胞分裂促進因子,炎症性分子もアテローム形成を促す。
以上より,Tschöpe氏は「凝固系亢進と炎症により,アテローム性動脈硬化や耐糖能異常が進展することは明らかである。その点,アスピリンは抗血小板作用と抗炎症作用を併せ持つ。この二面的作用が,糖尿病などの高リスク患者に対して,脳・心血管リスク抑制や耐糖能安定化といったベネフィットをもたらすと推察される」と述べ,講演を結んだ。
アスピリンに対する「抵抗性」の問題は,米国のGumらによる報告以後,特に注目されるようになった。「アスピリン抵抗性」が,予後悪化の予測指標の
1 つになるのではないかと—。アスピリンの抗血小板作用が,脳・心血管イベント抑制に奏効するとの評価は確立している。しかし,「アスピリン抵抗」例がわずかながら存在することも事実である。「抵抗性」の問題はアスピリンに限らず,どの薬剤でも存在するが,「アスピリン抵抗」例の患者を割り出し,その治療を検討することは重要な課題と考えている。 WCC 2006においてGurbel先生とSchrör先生は,こうした臨床課題を十分に踏まえながら論点を整理し,それぞれ最新の自験結果に基づいて講演された。 Gurbel先生は,「アスピリン抵抗性」を測る物差しとして,COX-1特異的検査を推奨された。その論理は,COX-1非特異的検査との対比により,明快に解説されている。しかし,現時点では脳・心血管イベント発生に対し,COX-1およびCOX-2がどの程度関与しているかは解明されていない。私自身は両方が関与していると考えているので,COX-1特異的検査による「アスピリン抵抗性」の把握が果たしてどの程度臨床イベントと関連するのか,少々疑問を抱いている。臨床イベントとの関連を考慮すると,オーストラリアのEikelboomらが主張しているTX合成抑制能,具体的には尿中11-デヒドロTXB2濃度を尺度とするほうが望ましいとも考えられる。 一方,Schrör先生は,抗血小板作用が得られない病態の概念と,その理解の妨げになりうる用語の問題を合理的に整理された。また,CABG後早期の「アスピリン抵抗」例に関して,詳細な検討結果も紹介された。実は 2 年前に発表されたことであるが,血小板にCOX-2が誘導されているとの報告は,成熟した血小板にはCOX-1しか存在しないという定説を覆す画期的な発見である。さらに「治療の失敗」については,米国のFitzGeraldらも指摘している,イブプロフェンなど特定のNSAIDsと併用すると可逆的な「アスピリン抵抗性」を来しうることに言及された。いずれも,「アスピリン抵抗性」の基礎的な理解を深め,実地臨床に役立つ非常に有意義な問題提起と解説であった。 |
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