特別企画Bayer Stroke Forum 2006頸動脈狭窄と脳卒中
Bayer Stroke Forum 2006「頸動脈狭窄と脳卒中」(世話人:国家公務員共済組合連合会立川病院院長・篠原幸人氏)が東京で開催され,脳卒中診療に携わっている医師が多数参加した。フロンティア・セッションでは,脳卒中後遺症の克服につながる神経回路再生を見据えた基礎研究の最新成果が報告された。クリニカル・セッションでは,米国の臨床最前線で活躍中の2氏が,脳卒中予防における危険因子の総合的管理と,脳卒中リスクとしての頸動脈狭窄に対する外科的・内科的治療の在り方について講演した。
世話人 国家公務員共済組合連合会立川病院 院長 篠原幸人氏
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座 長 広島大学大学院脳神経内科学 教授
神経回路の再生を目指して 理化学研究所 脳科学総合研究センター |
軸索はアクチン線維・微小管・接着
分子・クラッチ分子が連動して伸びる
正常な軸索突起の先端には,アメーバ様の成長円錐が形成される(図. A)。これが前方へ移動すると,後方にある軸索突起が伸長していく。成長円錐の移動を促すのは,おもに細胞接着分子と細胞骨格である。接着分子は種々存在するが,免疫グロブリンスーパーファミリーに属するL1の機能解析が最も進んでいる。ヒトL1遺伝子の異常は,軸索路の形成不全を来し,X連鎖性遺伝性水頭症などの原因となる。一方,細胞骨格はアクチン線維と微小管に代表される。
アクチン線維は,アクチンの単量体が数珠状につながったフィラメント構造を有する。個々のフィラメントには極性があり,プラス端は成長円錐の先端に向いていて,マイナス端は成長円錐の中心部(後方)に向いて存在する。アクチン線維は,アクチン単量体がプラス端で重合して形成されるが,マイナス端で壊れて脱重合し,再び単量体となってリサイクルされる。同時にミオシン系モーターの働きにより,アクチン線維は後方に牽引されている。これは「アクチン線維の後方移動」と呼ばれ,成長円錐前方移動の原動力となっている。
成長円錐表面の接着分子は細胞外の不動性基質と接着する。同時に,細胞内のクラッチ分子はアクチン線維と接着分子を連結する。このようにクラッチが接続すると,アクチン線維の後方移動の力が細胞外基質に伝わり,成長円錐は前進する。成長円錐表面を相対的に後方へ移動した接着分子は,クラスリン被覆小胞により細胞内に取り込まれ,微小管のレールに乗って前方に運ばれ,細胞表面にリサイクルされる。この繰り返しにより,細胞外基質が後方に牽引され,成長円錐が前進していく(図. B)。
したがって,神経軸索伸長の分子メカニズムを自動車の機構になぞらえると,アクチン線維はエンジン,接着分子はタイヤのように働く。細胞外の不動性基質は,車が走る路面に相当する。そして成長円錐の移動速度は,アクチン線維の後方移動速度,クラッチの接続効率,接着分子と細胞膜の再利用—の 3 要素によって決まる。
では,軸索のガイダンス(誘導)はどのように方向付けられるのか—。成長円錐が,細胞外環境のガイダンス分子を局所的に感知して前進あるいは旋回し,軸索伸長の方向を誘導する。軸索ガイダンス分子は多くの場合,成長円錐の細胞質Ca2+シグナルを介して旋回方向を決める。小胞体から細胞質へCa2+が放出されると成長円錐は誘引される半面,細胞外からCa2+が流入すると成長円錐は反発される。
Dystrophic endballの原因制御による軸索再生を検討中
これまでに同氏らは,以下のことを確認した。(1)dystrophic endballは,プロテオグリカン濃度が低いほうから高いほうに伸長してきた軸索突起先端部に形成される。(2)dystrophic endballの細胞骨格の構築は,正常成長円錐とまったく異なる。特に微小管を構成する蛋白質tubulinの大半が,物質輸送に適さない安定型で,膜のリサイクルも順行されていない。
現在は,微小管の活動性や膜輸送の操作によって軸索再生が可能かを検討している。共同研究者が最近発見した,星状膠細胞由来の糖脂質にも注目しているという。これは,軸索ガイダンスでは非常に強力な反発因子として働き,損傷を与えた神経系に過剰発現するため,軸索再生阻害因子であると考えられる。同氏は「この糖脂質に対する類似体を有機化学的に合成してアンタゴニストを作り,軸索再生をもたらす創薬につながる研究を展開していきたい」と述べ,講演を締めくくった。
座 長 埼玉医科大学神経内科学 教授
頸動脈狭窄を含む危険因子の管理 米国・ロヨラ大学シカゴ校神経学 教授 |
脳卒中は内科的に予防・治療しうる疾患である
米国では,毎年70〜75万人が脳卒中に見舞われる。うち 3 分の 1 が再発である。死因の第 3 位,成人の身体障害の主因となっている。頭蓋外頸動脈狭窄に伴う発症が最多で,次いで非弁膜症性心房細動,頭蓋内動脈狭窄の順に多い。多くの場合,動脈硬化性プラークの形成が発症の基盤となることから,危険因子である喫煙・飲酒過多・運動不足といった生活習慣の改善,糖尿病・高脂血症・高血圧症などの多角的な管理が脳卒中予防につながる。
しかし,これらの危険因子を管理する意義が周知されているとは言えない。例えば,高血圧症患者の 3 分の 1 が自身の病態に気づいておらず,適切な治療を受けているのは 3分の 1 にすぎないという。同氏は「高血圧症の早期診断と積極的な降圧治療により,脳卒中発症率が低下するのは明らか。PROGRESS(2001)では,年に脳卒中 1 例を予防するのに高血圧症172例の治療を要すると示されたが,米国民の 4 人に 1 人が高血圧症という実態を捉えたうえで評価すべき数字である」と述べ,降圧治療の重要性を強調した。
脂質管理も不可欠で,食事・運動療法による生活習慣の改善とともに,スタチン治療が求められる。スタチンには,コレステロール低下作用のほか,プラーク退縮・安定化,内皮機能改善,抗炎症・抗酸化作用なども期待される。脳卒中や一過性脳虚血発作(TIA)の患者,血行再建術予定者に対しては,積極的な脂質管理が望まれる。
同氏は「脳卒中は,避けられない事故ではなく,内科的に予防・治療しうる。ただし,無症候性で狭窄率60%超の頸動脈狭窄例には,CEAを実施したほうがよい。頸動脈ステント留置術(CAS)も考慮しうるが,現時点ではCEAの効果に匹敵するほどの評価は得られていない」と語った。
アスピリンは特に非心原性脳梗塞の治療に有用である
心原性脳塞栓症の場合,塞栓源が明らかであれば抗凝固薬,それ以外は抗血小板薬を使うことが多いが,単純には割り切れない。
例えば,塞栓が心筋梗塞(MI)に起因していると判明すれば,ワルファリンだけでなく,MI再発予防に奏効するアスピリン投与も必定と言える。MI発症後の脳卒中発症率は年 1〜 2 %と高くはないが,MIは心原性脳塞栓症の主因である心房細動に関連するからである。すなわちアスピリン投与の意義は,MI再発→心房細動→心原性脳塞栓症のルートを断ち切ることにある。また,心房細動による脳塞栓症に対しては通常ワルファリンを用いるが,経口抗凝固薬の禁忌例にはアスピリンで対処する。
一方,非心原性脳梗塞の場合は,種々の臨床試験成績に基づき,アスピリンを中心とした抗血小板療法が基本となっている。
2006年 2 月,米国心臓協会/米国脳卒中学会(AHA/ASA)は「脳卒中予防ガイドライン」を発表し,非心原性脳梗塞の再発予防における抗血小板療法の在り方を詳説している。有用な薬剤として推奨されたのはアスピリン,アスピリン+徐放性ジピリダモール,クロピドグレルである。しかし同時に,アスピリン以外の抗血小板薬に関しては,エビデンスが十分に得られていないと明記された。つまり,抗血小板療法における第一選択薬はあくまでもアスピリンであるとの見解が示された。
抗血小板薬を併用する際は
慎重に吟味すべきである
脳梗塞発症早期(48時間以内)のアスピリン投与は,IST(1997)とCAST(1997)で有用であることがわかった。この知見は,日米欧の脳卒中治療ガイドラインに反映された。また,ATT(Antithrombotic Trialists' Collaboration)が行ったメタ解析(2002)では,アスピリンをはじめとする抗血小板薬の投与により,閉塞性血管障害のハイリスク患者におけるMI・脳血管障害・血管死が減少することが示された(図)。
最後に同氏は,最近10年間に報告された抗血小板薬の併用に関する 5つの大規模臨床試験の結果を概説。「アスピリンとクロピドグレルの併用については最近,出血リスクを高めるという結果が報告されている。このため,神経内科医の多くは両者の併用に慎重である」と述べた。そのうえで,脳卒中予防における危険因子管理の要点を整理した(表 2)。
同氏は「米国の医療制度や臨床実態は日本と異なるが,多くの課題と方法は共有できるのではないか—。言うまでもなく,高血圧症と高脂血症の改善・予防には生活指導,薬物療法の積極的推進が欠かせない。非心原性脳梗塞に対しては,抗血小板薬の長期投与が原則となり,その中心は今後もアスピリンである。TIAと不安定狭心症例,CEA施行例にも,アスピリンが第一選択と言える。本日の講演が,日常診療の参考になれば幸いである」と結んだ。
座 長 富山大学脳神経外科学 教授
外科的・内科的治療戦略 米国・テンプル大学脳神経外科学 教授 |
中等〜高度頸動脈狭窄例に
標準療法であるCEAが奏効
現在CEAは,中等〜高度の頸動脈狭窄を改善する標準療法となっている。無症候性頸動脈狭窄への有用性は,ACAS(1995)やACST(2004)の結果に基づいて評価された。狭窄率60%以上例を対象としたACASでは,内科的治療と比べ,CEA施行例で 5 年後の脳卒中または死亡のリスクが有意に減少した。同じく狭窄率60%以上例を対象としたACSTでは,CEA施行は内科的治療と比べて 5 年後の脳卒中発症を有意に減少させた。
こうした成績から同氏は,CEA適応の判断基準について「無症候性は狭窄率60%以上,症候性では狭窄率50%以上が目安となる」と語った。そのうえで,CEA施行時の内科的治療について「アスピリンは,CEAの周術期を通じて継続投与している。ヘパリンの併用も通常行う。しかし,チエノピリジン系薬やワルファリンの使用は,CEA施行 1 週間前から中止すべきである。そうしないと術中止血に時間がかかってしまう」との見解を示した(表 1)。
CEAのハイリスク例に対する
CAS施行は慎重に進めるべき
しかしCASに関しては,長期の有用性が確立していないのが現状である。外科的手術に対するハイリスク例を対象としたSAPPHIRE(2004)では,1 年後の一次エンドポイント(30日以内の死亡・脳卒中・MIおよび31日〜 1 年の同側脳卒中)の発生率はCEA群20.1%,CAS群12.2%であったが,有意差は認められなかった。症候の有無別に結果を見ると,1 年後の一次エンドポイント発生率の差は無症候性例で大きく,CEA群21.5%,CAS群9.9%であった。
同氏は「これらの成績から,CASはCEAに劣らず,無症候性例に適していると読み取れなくもない。だが,ハイリスクの無症候性例に内科的治療以外の治療を施すべきだろうか—。Biller先生らによって改訂されたAHAの『CEAガイドライン』(1998)によれば,その答は『No』であり,推奨されていない」と述べた。
ちなみにCEAガイドラインは,無症候性頸動脈狭窄への治療指針を次のように定めている。(1)手術リスク 3 %未満・平均余命 5 年以上の低リスク例のうち,狭窄率60%以上例へのCEA施行は容認できる。(2)手術リスク 3 〜 5 %の中等リスク例,5 〜10%のハイリスク例の場合,CEAを容認しうる根拠はない。
また,米国の高齢者向け公的医療保険は,狭窄率70%以上の症候性頸動脈狭窄例へのCAS施行に適用される。しかし無症候性の場合は,狭窄率(リスクの程度)に関係なく,保険適用外として扱われる。
以上より,同氏は「症候性・無症候性にかかわらず,頸動脈狭窄例へのCEAは,脳卒中予防に有用と考えられる。線維筋性異形成など,CASが適すると考えられる例もあるが,その是非は脳卒中の専門家チームによって慎重に判断されるべきである。内科的治療では,術前から継続投与できるアスピリンが有用である」と総括した。
中川原譲二氏 脳卒中発症に関するエビデンスはたくさんあり,危険因子も種々判明している。私は,高血圧症の次に糖尿病の治療が重要と考えていたが,Biller先生の講演を聞き,糖尿病より高脂血症のほうが大切なのかもしれないと思い直した。内科的治療に関しては,多面的作用をもたらすスタチンと抗血小板薬アスピリンの有用性をあらためて確認することができた。Loftus先生は言及されなかったが,狭窄率60%未満の無症候性頸動脈狭窄例は,スタチン+アスピリンでコントロールするとよいのではないか。今後さらなるエビデンスの集積に期待したい。 |
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