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[2006年4月27日 (VOL.39 NO.17) p.40]

特別企画

脳を救う医師たちの闘い
脳梗塞急性期治療の最前線

No.7 脳梗塞医療・温故知新

国立循環器病センター
名誉総長
山口武典氏
熊本市立熊本市民病院
神経内科部長
橋本洋一郎氏

 周知のように,脳卒中は日本人の死亡や寝たきりの主因である。にもかかわらず,比較的最近まで医療面でも行政面でもその注目度は高くなかった。これは,脳卒中に根本的治療法がなかったことに由来する。そして,病因論的には循環器疾患,症候論的には神経疾患という脳卒中の特性から,内科(循環器科)と神経内科の狭間に取り残された側面も否定できない。
 しかし,昨年のt-PA(組織プラスミノゲンアクチベータ)治療導入以降,脳梗塞診療は大きな変革期を迎えている。本対談では,日本の脳卒中医療を牽引した国立循環器病センターの名誉総長である山口武典氏をゲストに迎え,脳梗塞医療の変遷と現在の問題点,今後の課題を明らかにする。。

長く続いた冬の時代

橋本 私は1984縲鰀87年に国立循環器病センターに在籍し,内科脳血管部門で脳卒中診療に当たりました。今回は,そのときいろいろ手ほどきいただいた山口武典先生に,脳梗塞診療の過去,現在,未来についてうかがいます。まず,脳梗塞急性期の治療がどのような変遷をたどってきたのか,教えていただけますか。
山口 私が九州大学を卒業し,第二内科に入局したのは61年です。そのころちょうど,教室を主宰されていた勝木司馬之助教授と米国・ミネソタ大学のBaker教授との間で,日米の脳卒中の実態を明らかにしようという共同研究が計画され,また,それとは別に久山町での集団検診がスタートしたところでした。そこで私も研究チームに組み入れられ,脳卒中にかかわるようになったのです。
 当時,脳卒中に関心を持つ医師は多くありませんでした。まだCTやMRIはなく,発症経過や症候からの類推で診断と治療を進めるしかなかったのです。補助診断法として髄液検査や脳血管造影,Aモードのエコーなどはあったものの,病型診断には不十分でした。剖検例を生前の診断と照合してみると,一致していたのはせいぜい 8 割ほどでした。治療法もなく,欧米でも「脳卒中を起こした患者は馬小屋に寝かせておけ」と言われていた時代でした。
 ところが,70年代にCTが登場すると,ガラリと様相が変わります。病型診断が可能になり,特に脳出血は正確に診断されるようになりました。それによって脳出血の外科治療は飛躍的に進みます。しかし,脳梗塞はCTでも発症 6縲鰀 7 時間後でないとわからず,治療法もなかったため,あまり進歩はありませんでした。
橋本 内科医にとっては,まさに冬の時代だったわけですね。

Stroke Unitの成績が突破口に

山口 そうです。しかし,93年にデンマークからブレークスルーとなる報告が出ます。Stroke Unit(SU)で治療すると,死亡はほぼ半減,回復も良好で,在院日数も短くなるというもので,専門医療チームの存在がクローズアップされました。脳梗塞の急性期治療が注目されるようになったのは,このころからです。
橋本 MRIが普及し始めたのもこのあたりからで,脳梗塞を早期に捉えることが可能になってきました。
山口 それも大きかったですね。そして,95年にはNINDS(米国立神経疾患・脳卒中研究所)が主導した臨床試験でt-PAの有効性が実証されました。このころから脳卒中を“Brain Attack”と呼び,心臓病と同じように救急態勢で治療しようという考えが広まっていきます。
図1
 その際,キャッチフレーズとして用いられたのが“Time is brain”です。最初「時は金なり」をもじった「時は脳なり」というのはしっくりこなかったのですが,これは“ Time loss is brain loss”を短くしたものですね。時間が経つほど脳の機能は失われる。だから早く治療しなければ,ということで,FDAは96年にt-PAを認可しました。それが世界に広がり,日本でも昨年,ようやく使用できるようになりました。
 アスピリンについては,94年に発表されたAPT*1のメタ解析で二次予防効果が認められ,2002年のATT*2のメタ解析で追認されました。また,97年には発症後48時間以内の急性期脳梗塞を対象にしたIST*3,CAST*4が発表され,治療期間内の脳卒中再発や死亡の有意な低下が証明されました(図 1)。以後,アスピリンは再発予防はもちろん,急性期治療にも広く使われるようになりました。
*1 Antiplatelet Trialistsユ Collaboration
*2 Antithrombotic Trialistsユ Collaboration
*3 International Stroke Trial
*4 Chinese Acute Stroke Trial

エビデンスのある急性期治療は
Stroke Unit,t-PA,アスピリンだけ

橋本 ここまで,脳卒中診療の変遷を俯瞰していただきました。脳梗塞の急性期治療としてエビデンスが明確なのは,SU,t-PA,アスピリンの3つということですね。
山口 そうです。国際的なガイドラインでも,この 3 つはグレードAとなっています。ただし,誤解のないよう付け加えれば,アスピリンが入院中の再発や増悪を抑制することは明らかですが,臨床症候を改善するという成績は得られていません。
橋本 アスピリンは,まず脳梗塞慢性期に使われました。慢性期再発予防の臨床試験Canadian Cooperative Study(78年)では1,300mg/日を用いています。日本でも,当時はそのくらい使っていたのですか。
山口 日本人は胃腸が弱いので,多すぎると考えていました。同じく再発予防のEC/IC Bypass Study(85年)に私たちが参加したとき,責任者のBarnett先生に話して日本人だけ半量の650mg/日で実施しました。いずれにせよ,当時アスピリンの用量についてはまったくエビデンスがなく,欧米も日本も手探り状態でした。IST,CAST,ATTのメタ解析などが出て以降,急性期160縲鰀300mg/日,慢性期75縲鰀150mg/日という線が明確になったのです。
橋本 どの時点でアスピリンを減らすかについてはコンセンサスがなく,多くの医師が悩んでいます。
山口 脳梗塞後の病態生理が落ち着くのは,発症後 1 縲鰀 2 週間です。アスピリン減量の時期については 2 週間程度が目安かと思いますが,エビデンスがありません。現時点では経験から判断するしかないでしょうね。
橋本 抗血小板薬の使い分けについてはいかがでしょう。
山口 脳梗塞急性期には,エビデンスの確立したアスピリンを選ぶことが鉄則です。慢性期も基本はアスピリンですが,アスピリンの禁忌例などではチエノピリジン系やシロスタゾールなども選択肢に入ります。その使い分けは難しいですが,個々の病態に応じて対処すべきでしょう。

Stroke Care Unitの先駆けに

橋本 次に診療態勢ですが,国立循環器病センターのStroke Care Unit(SCU)は日本初の試みでしたね。
山口 センター開院は77年ですが,翌78年にはSCUを開設しています。欧州ではSUの考えが出てきたころですから,立案した人は本当に先見の明があったと思います。しかし当時,秋田県立脳血管研究所にはNeurological Care Unitがすでに存在しましたから,正確には「日本で最初にSCUを標榜した」ということになります。
 ただ,SCUができたといっても脳梗塞の治療については,全身ケアなどしか手だてがありませんでした。周囲からはしばしば「SCUで懸命にケアして救命しても,結局は寝たきり患者を増やすだけではないか」と言われたものです。しかしわれわれは,以前なら死亡していた人を救う,寝たきりの人は日常生活動作(ADL)を改善するというように,一段階でもステップアップすることを目指していました。
 また,SCUには多様な脳梗塞患者が送られてきますから,私を含めてスタッフにとっては脳梗塞を学ぶいい場所になったと思います。
SU:脳卒中専門病棟。発症24時間過ぎから回復期までseamlessに治療,看護,リハを行う。リハスタッフが常駐する。
SCU:脳卒中集中治療室。医師と看護師が中心で,リハスタッフは関与するがベッドサイドリハのみ。在室日数は短い。

チーム医療でも先進的な国循SCU

橋本 国立循環器病センターのSCUには脳卒中専門医のほか,看護師,リハビリテーションスタッフなど多職種からなるメンバーがいて,合併症が起こるとそれぞれの専門医がすぐ駆けつける。私もレジデントとして働いていましたが,チーム医療による全身管理,手厚いケア,早期リハビリテーションで,重症例が自立歩行できるまで回復するケースを何度も目の当たりにし,素晴らしいと感じました。そこでの 3年間が,現在の私の基礎となっています。
山口 SCUでは,医師だけでなく看護師やST(言語療法士),PT(理学療法士)が本当によくやってくれました。
橋本 先生の回診には必ずST,PTがついていました。当時,急性期の段階からリハビリテーションスタッフが病棟に入るのは,国立循環器病センターだけだったと思います。
山口 残念なのは,そうした試みがどの程度有効なのか,エビデンスを出せなかった点です。すべての急性期脳卒中患者をSCUに入院させるので,コントロールがなかったからです。それがあれば,SCUやSUの必要性をもう少し強く主張でき,脳卒中診療態勢の整備がもっと早く進んだかもしれません。
図2
橋本 米国では最近,Comprehensive Stroke Center(総合脳卒中センター)を核に,Primary Stroke Center(一次脳卒中センター)を周囲に配置する構想が進んでいますね。
山口 地域の中核都市に脳卒中基幹病院があり,患者が 1 時間以内で行ける範囲に軽装備でもいいから超急性期,急性期医療のできる施設をたくさん作るのが理想です(図2)。さらに,telemedicine(遠隔医療)の整備も大事ですね。離島やへき地の場合,医師はいても脳卒中の専門医とは限りません。そこで,基幹病院や一次脳卒中センターの医師が電話やインターネットで,現地の医師に応急処置の指示を出すといった態勢を作ることが急務でしょう。

脳卒中内科医の育成も課題

橋本 もう 1 つ大事なのは,脳卒中内科医の育成です。この点でも国立循環器病センターの功績は大きかったと思います。しかし,現実にはまだまだ脳卒中を専門とする内科医が足りません。循環器内科を持つ大学は多くてもメインは心疾患ですし,神経内科は脳卒中以外の神経疾患の臨床・研究に偏っています。脳卒中内科医を育てる場が決定的に少ないわけですが,先生はこの状況をどうご覧になりますか。
山口 大学だけに教育を委ねていては限界があります。脳卒中専門医の育成には市中病院の役割が大きいでしょう。最近の学生の研修先をみると,大学より一般病院が多い。これは,大学で学位を取るより実地に役立つ技術や知識を吸収して専門医の資格を取りたいという志向の現れです。市中病院で脳卒中の診療をしっかり経験させれば,興味を持つ研修医は増えるはずです。
 さらに,t-PAで脳梗塞が治る病気となったことは大きいでしょう。治らない病気にはなかなか意欲が湧かないものですが,治る道が開けたとなれば話は違う。その点でt-PAが 1 つの突破口となると考えています。ただ,t-PA治療を行うSCUやSUの核となるのは,チーム医療というソフトです。この点から,医師のみならずコメディカルなどのスタッフ養成もカギとなります。

新しい脳保護薬,抗血栓薬に期待

橋本 最後に,今後の課題や展望についてご意見をお聞かせください。
山口 治療に関し期待されるのは,優れた脳保護薬の開発です。もし有効で副作用の少ない脳保護薬が出てくれば,緊急時には救急隊員にこれを注射してもらう。それで,3 時間のタイムリミットが 4 縲鰀 5 時間に延びる可能性があります。また,t-PAと脳保護薬の併用で再灌流障害を抑えられるようになるかもしれません。
 再発予防では高血圧,糖尿病,高脂血症などの多角管理を行い,同時にアスピリンなどの抗血小板薬,抗凝固薬を的確に使用することです。1 つの期待は,ワルファリンに代わり,管理の煩雑さのない抗トロンビン薬や抗Xa薬の開発が進んでいる点です。これで,心原性脳塞栓症はかなり予防できるのではないかとみています。
橋本 欧州では,アルテプラーゼよりtime windowの長い血栓溶解薬の臨床試験も行われていますね。
山口 日本でも第一相試験は済んでおり,発症 9 時間後まで使える可能性が示唆されていますから,インパクトは大きいと思います。用量が多すぎて一度は中断しましたが,新たに第二相試験が始まるので,どんな結果が出るのか注目しています。
橋本 私も大いに期待しています。
山口 ただ,どんなに良い薬が出ても使用できる時間は限定されます。t-PAの場合,脳梗塞発症後 3 時間以内ですが,3 時間以内の来院例は全体のほぼ 3割です。t-PAを有効に使うためには,発症 2 時間以内の早期来院を促す啓発が重要になりますね。
図3
橋本 私たちは,t-PA治療の同意を得るために,貴重な 3 時間のうちの 1 時間を費やした経験があります。一般市民の方に,治療法に関して知っていただく必要性を痛感しました。
山口 われわれは97年に日本脳卒中協会という組織を立ち上げ,市民公開講座の開催,パンフレットや広報誌の発行などの啓発活動を展開しています(図 3)。しかし,なかなか意識は向上しませんね。数年前に実施した調査では,脳卒中の症状を 1 つ知っている人は30%でしたが,2 つ以上となると6%に過ぎませんでした。これでは早期来院は難しい。こうした状況を変えるため,テレビや新聞などを使い,さらに啓発活動を強めていく予定です。
橋本 本日は,山口先生の軌跡とともに日本の脳卒中診療の歩みを振り返り,将来を展望しました。貴重なお話,本当にありがとうございました。

Aspirin Aspects-7

“アスピリン抵抗性”をどう考えるか?

熊本市立熊本市民病院神経内科部長 橋本洋一郎

 アスピリンが脳・心血管イベントを有意に減らすことはよく知られているが,抑制率は約30%に留まる。アスピリン使用下で起こるイベント発症の原因として種々の因子が考えられるが,その 1 つとして近年“アスピリン抵抗性(aspirin resistance)”が注目されている。しかし,この言葉は必ずしも定義が明確でなく,しばしば“抵抗性”の概念が一人歩きしているように思われる。
 例えば,2006年 2 月18日号のLancetには“Aspirin resistance”と題するレビューが掲載された*1。この文献では,想定されるアスピリン抵抗性の原因として,(1)不適切な用量,(2)薬剤相互作用,(3)COX-1などトロンボキサン(TX)合成にかかわる遺伝子多型,(4)血小板を介さないTX産生系の亢進,(5)血小板ターンオーバーの増強を挙げている。しかし,これらはアスピリンの個体差あるいは無効例の原因であり,一括して“抵抗性”と呼ぶのは少々乱暴ではないだろうか。
 “アスピリン抵抗性”と予後の関係を検討したEikelboomらの検討の指標は,TXA2の尿中代謝産物であった*2。一方,Gumらは血小板凝集抑制の見られなかった症例を“アスピリン抵抗性”と定義している*3。すなわちアスピリン抵抗性は,定義や検査法が確立しておらず,その原因や関与遺伝子も明らかでない未成熟な概念なのである。実際,“アスピリン抵抗性”の報告によって,アスピリンの位置付けを変えたガイドラインは 1 つもないことを銘記すべきであろう。
 むしろ私たちは,アスピリンの脳・心血管に対する好ましい作用を少しでも高めるための工夫を行うべきである。現時点では,(1)服薬コンプライアンスの徹底,(2)高血圧症などの危険因子管理,(3)生活習慣修正の指導,(4)ときに増量,(5)ときに他の抗血小板薬の併用,(6)イブプロフェンなどアスピリンの効果を減弱させる可能性のある薬剤の中止,などを考慮すべきだと考えている。
*1 Hankey GJ, Eikelboom JW: Lancet 367(9510): 606-617, 2006
*2 Eikelboom JW: Circulation 105(14): 1650-1655, 2002
*3 Gum PA: J Am Coll Cardiol 41(6): 961-965, 2003

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