特別企画脳を救う医師たちの闘い
|
![]() |
![]() |
| 済生会熊本病院 神経内科医長 稲富雄一郎 |
熊本市立熊本市民病院 神経内科部長 橋本洋一郎 |
脳血管が閉塞すると,十分に血液が供給されなくなった神経細胞は急速に死滅していく。しかし,梗塞巣と正常脳組織の中間にはischemic
penumbra (ペナンブラ)と呼ばれる領域があり,機能は停止しているがまだ壊死には陥っておらず,発症後3縲鰀6時間以内に血流を再開すれば救済できると考えられている。“脳梗塞超急性期”という考え方が提唱されるようになったのは,こうした知見が明らかになってきたからだ。では,この限られた時間帯に何を行わねばならないか。検査,診断,治療に関するポイントを,脳梗塞治療の先進地域と呼ばれる熊本で活躍する2人の専門医に話し合ってもらった。
Time is brain!
治療のゴールデンタイムを逃すな
脳梗塞では急性期の治療,とりわけ発症 3 ないし 6 時間以内の“超急性期治療”が重要と言われます。なぜこの時間帯が大事なのか,まずこの点から説明していただけますか。
稲富 脳梗塞が起こると,閉塞部以降の神経細胞は血液が十分に供給されないために壊死します。しかし,虚血に陥った神経細胞がすぐに壊死するわけではなく,数時間程度は生存しており,発症 3 時間以内にt-PAなどで血流を再開すれば,これを救うことができます。また脳主幹動脈閉塞例で実施される血管形成術(PTA)も,6 時間以内に終了させるのが目安です。このように,脳梗塞では発症から 3 ないし 6 時間が治療のゴールデンタイムであり,この時間帯に適切な対応を取れば,後遺症を最小限に留めることができます。超急性期治療の重要性が叫ばれるのは,その点からです。
橋本 NINDS(米国立神経疾患・脳卒中研究所)では,脳梗塞患者が病院に到着してからのタイムスケジュールを次のように勧告しています。(1)10分以内に初期評価,(2)15分以内にstroke teamへの通知,(3)25分以内にCT開始,(4)45分以内にCT診断,(5)60分以内に治療開始,(6)3時間以内にモニターできるベッドへの収容。これは,発症 3 時間以内にt-PAによる血栓溶解療法を行うことを前提にしたシステムです。これだと遅くとも発症後 2 時間以内に病院に到着しなければなりません。日本の現状はどうなのでしょう。
Doctor's delay解消が重要な課題
橋本 受診の遅れの理由について,どうお考えですか。
橋本 先進的な脳梗塞治療を誇る済生会熊本病院でさえ,そうした状況だったわけですね。超急性期治療を成功させるには,脳梗塞が緊急を要する疾患である点の啓発,救急搬送体制と受入れ施設の整備,doctorユs delay解消がポイントと言えます。
稲富 正に,ご指摘の通りです。
見落としの多いearly CT sign
稲富 early CT signはレンズ核,島皮質,皮髄境界の不明瞭化,脳溝の消失といった所見ですが,かなり経験を積まないと正確に判読できません。機種の解像力により検出率に差も生じます。これに対してMRIの進歩はめざましく,拡散強調画像(DWI)を用いることで,超急性期から虚血の広がりや組織障害の分布を確実に描出でき,読影も容易です。
出血性病変についてはCTが有利とされていますが,最近の研究でMRIの診断能も遜色ないことが報告されています。
「即撮れる」MRI24時間稼動が脳梗塞診療を変える!
稲富 どこの施設もそうだと思いますが,MRIを24時間稼動させるには夜間が問題となります。当院では,当直を 1名から 2 名に増やし,うち 1 名はMRI専門の放射線技師を配置しました。これは,技師さんの献身により実現したもので,とても感謝しています。さらに,24時間稼働の採算面の裏付けを取ることで,経営側の理解を得ることに成功しました。
橋本 実は数年前より,われわれの施設でも24時間稼動を開始しましたが,当直帯は技師 1 人態勢なので待たされる場合がしばしばあります。MRI24時間稼動にも,「待てば撮れる」態勢と「即撮れる」態勢があります。院内で十分な理解を得ないと,「即撮れる」態勢に持って行くのは難しいですね。
橋本 「即撮れる」MRIと選択アルゴリズムは,doctor's delayを解消するうえでもきわめて有用ですね。
クリニカルパスは不可欠なツール
稲富 はい。超急性期,急性期の診療には医師,看護師,検査技師など多くのスタッフが関与します。患者情報を共有し,診療方針の統一を図るため,クリニカルパスは不可欠なツールと位置づけています。
橋本 パスに基づき,血圧管理はどう進めていますか。
稲富 AHA(米国心臓協会)の指針では,脳梗塞急性期の血圧上限値を収縮期血圧220mmHgまたは拡張期血圧120mmHgとしています。これを超えたら,ゆるやかに降圧を図るようにしています。血栓溶解療法中は,勧告通り180/105mmHg以下に維持します。循環管理では血圧を維持し,十分な補液を行うことがポイントでしょう。
橋本 薬物療法では最初に血栓溶解療法を考えますね。
稲富 禁忌例を除き,まず血栓溶解療法の適応を考えます。ただし,日本ではt-PAの使用が今月11日に認められたばかりで,ウロキナーゼ(UK)局所動注法を行っていました。t-PA静注法,UK動注法はいずれも適応基準が厳密ですが,それを判断するうえでもMRIによるDWIが役に立ちます。
アテローム血栓性梗塞,
ラクナ梗塞では早期からアスピリン併用を
稲富 アテローム血栓性にはまず,アルガトロバンとエダラボンを点滴静注します。嚥下に支障がなければアスピリンを,アルガトロバンが 1 日 2 回投与になる第 3 病日からはヘパリン持続静注を追加します。
橋本 ラクナ梗塞はいかがですか。
稲富 オザグレルと低用量ヘパリン持続静注で開始します。アスピリンもできるだけ早期から200mgを与え, 1 縲鰀 2週間で100mgに漸減します。
橋本 われわれは,第 1 病日から 2 次予防が始まるとのコンセプトに基づき,可能なかぎり来院日からアスピリン200mgを与えます。ただ,アスピリンとオザグレルの併用には,意味はあるのか,出血傾向を増すのではないかとの意見もありますね。
稲富 ラクナ梗塞にアスピリンとオザグレルを併用し,脳出血を起こした症例は 1 例も経験していません。
橋本 アスピリンは本来,抗炎症薬です。虚血病変には血栓形成とともに炎症の側面もありますから,アスピリンがそちらに効いている可能性もあると思います。では,心原性脳塞栓症はどうされていますか。
稲富 血栓溶解をやらない場合,エダラボンを使用し,24時間後にCTを撮って出血がなければヘパリンを使います。広範に脳梗塞を起こしている症例では,ヘパリンは避けます。
橋本 ワルファリンは,いつごろから使用されますか。
稲富 病巣が広範囲の症例を除き,24時間後CTで血腫が見られなければ翌日から使います。
軽視できないTIA;1/3が脳梗塞に
稲富 TIA発作後の転帰は,1/3が自然寛解し,1/3がTIAを繰り返し,残り1/3が脳梗塞に移行するとされています。しかも,脳梗塞移行例の20 %は 1 月以内,50%は 1 年以内に発症します。こうした成績からは,TIA患者の治療,つまり 二次予防がどれほど大事か理解できると思います。
橋本 ただ,TIAは診断が非常に難しい。来院時点ではすでに神経症候が消失しており,病歴や問診だけで判断しなければいけません。実は私も,TIAではないと診断して返した患者が,1 月後に脳梗塞を起こしたという苦い経験を持っています。
稲富 典型的な症状は,運動麻痺,感覚障害,言語障害などで,持続時間としては30分以上が多いと報告されています。しかし,血管障害以外の原因で起こる一過性の神経症候と類似した症状も多く,なかには 1 分ほどで症候が消失するようなケースもありますから,診断は容易ではありませんね。
症状持続が 1 分間のTIAもある!
稲富 そうした診断に威力を発揮するのがDWIです。図 3 に示した症例は,右手に感覚異常が生じ,1 分ほどで消失した患者ですが,DWIで脳梗塞の病巣がしっかり描出されていました。多少とも症状があった方の44%で,DWIにより病変が確認されています。現在,当院ではTIAを疑う患者すべてにDWIを撮像しており,今後は,そうした方向に進むべきではないかと考えています。
橋本 治療はどうされていますか。
稲富 TIAに対する二次予防効果が証明されているアスピリンなどの抗血小板薬や,抗凝固薬を使います。TIAだからマイルドな対応でいいとは考えず,脳梗塞と同様,厳格な治療を行うことが基本だと思います。
橋本 本日は,脳梗塞の超急性期治療というテーマでお話をうかがいました。日本でも,t-PAによる血栓溶解療法の導入を見据えた体制作りが必要になっています。24時間「即撮れる」MRI態勢やTIAに関する的確な理解など,今日の内容がその一助になれば幸いです。
イベント抑制作用に用量相関は存在するか
アスピリンほど,広範囲の用量で使われている薬剤は少ない。例えば近年,脳・心血管イベントに対する抑制作用を検討するため世界各国で盛んに実施されてきた臨床試験を見ても,1
日用量は20mgから1,500mgまでまちまちである。なぜ,これほど多様な用量が試みられるのか。用量と効果に相関はあるのか。 アスピリンは,門脈内で血小板のCOX-1をアセチル化することで不可逆的に阻害し,自らは速やかに加水分解される。そのため血小板凝集能抑制作用は,アスピリン血中濃度と必ずしも相関しないとされている。では,至適用量は存在するのか。 アスピリンの脳・心血管イベント抑制作用を検討した国際共同研究ATT*のメタ解析では,75mg/日未満では効果が認められず,75縲鰀150mg/日で最大のイベント抑制作用が認められた(図)。この結果から,一般に二次予防におけるアスピリンの最適な用量としては,75縲鰀150mg/日が推奨されている。 *Antithrombotic Trialists' Collaboration |
本ページはバイエル薬品株式会社の提供です












