Asia Pacific Stroke Conference 2012, Evening Seminar 2
脳梗塞急性期と早期再発予防における抗血小板療法 :アスピリンの役割


篠原 幸人 先生

Prof. Peter Sandercock
座長
篠原 幸人先生
国家公務員共済組合連合会 立川病院 院長


演者
Prof. Peter Sandercock
Professor of Medical Neurology, Director of Edinburgh
Neuroscience, University of Edinburgh

  アスピリン160~300mg/日の経口投与は,日本脳卒中学会による「脳卒中治療ガイドライン2009」において,発症早期(48時間以内)の脳梗塞患者の治療法としてグレードA(行うよう強く勧められる)で推奨されている。英国,米国,欧州のガイドラインでも同様に脳梗塞急性期におけるアスピリンの投与が推奨されている。
  本セミナーではイギリス,エジンバラ大学より,脳卒中に関する数多くの臨床試験に携り,その分野で世界的なエキスパートの一人であるPeter Sandercock先生をお招きし,「脳梗塞急性期と早期再発予防における抗血小板療法:アスピリンの役割」をテーマに,アスピリンが推奨される背景および臨床上の留意点について解説いただいた。

脳梗塞・TIAは発症直後より再発リスクが上昇
  脳梗塞・TIAの発症直後における脳卒中再発リスクは決して低くない。TIA患者540例を対象とした3件の観察研究の解析結果より,TIA発症後7日間の脳卒中発症リスクはおよそ約10%であることが報告されている [Lancet Neurol 2007; 6: 1063] 。脳梗塞患者でも入院直後における再発および神経機能低下のリスクが高く,発症後48時間以内の脳梗塞急性期患者を対象とした2つの大規模無作為化試験における再発リスクは,発症後14日以内で4.4%(International Stroke Trial; IST),発症後28日以内で2.1%(Chinese Acute Stroke Trial; CAST)であった。また,AbESTT(Abciximab in Emergent Stroke Treatment Trial)では12.0%の患者で,発症後5日以内に神経機能の低下が認められている。これら試験の結果は,脳梗塞・TIA発症直後からの介入の必要性を示している。
  本セミナーでは,脳梗塞発症直後における抗血小板療法開始の方法に関して,無作為化臨床研究からのエビデンスを検証し紹介する。
脳梗塞発症後48時間以内のアスピリン開始は生存患者数・介護不要の患者数を増加させる
  脳梗塞発症直後から開始すべき抗血小板療法の中で,最もエビデンスが豊富な薬剤としてアスピリンが挙げられる。図1は,脳梗塞発症後48時間以内のアスピリンの効果を検討した無作為化試験4件4万例超のメタ解析結果である [Cochrane Database Syst Rev. 2008; 3: CD000029] 。アスピリン群における脳梗塞例の死亡・要介護リスクは有意に低下し,そのオッズ比(OR)は0.95(95%CI: 0.91-0.99, P = 0.010, Peto法)であった。また,アスピリン投与により死亡・要介護イベントを回避できる症例数は1,000例中13例であるという絶対的ベネフィットとしても示されている。
  GP IIb/IIIa阻害薬は,アスピリンよりも強力な抗血小板抑制作用を有する。しかし,急性期脳梗塞患者にGP IIb/IIIa阻害薬アブシキシマブを投与した無作為化試験では,死亡・要介護の割合に対する治療効果のエビデンスは示されず,そのORは0.98(95%CI: 0.78-1.22, P=0.84)であった。これは,GP IIb/IIIa阻害薬が脳梗塞再発リスクを著明に減少させる一方で,症候性の頭蓋内出血を対照群に比べ有意に増加させたことが影響している可能性がある(OR: 3.89, 95%CI: 1.88-8.05, P = 0.00024)。
  一方アスピリン群では,これらの検討で頭蓋内出血の有意な増加は認められず(OR: 1.22, 95%CI: 1.00-1.50. P=0.054),アスピリンにより症候性の頭蓋内出血を来たすのは,1,000例中2例と推定される。

あらゆるサブグループにおいてアスピリンは有用
  脳梗塞急性期におけるサブグループ,すなわち年齢や性別,脳梗塞の重症度などにかかわらず,アスピリンは有効であることが検証されている。脳梗塞発症後48時間以内におけるアスピリン開始の死亡・脳卒中減少における有用性が検討された無作為化試験,CAST(21,106例)とIST(19,435例)のメタ解析の結果 [Stroke 2000; 31: 1240] ,アスピリン群における死亡・脳卒中再発リスクの減少は,初発脳梗塞の重症度の影響を受けないことが示されている(図2)。また,年齢,性別や脳梗塞病型による影響がないことも報告されている。


  また,CAST/ISTメタ解析の重要な知見として,心房細動(AF)の有無にかかわらず,脳梗塞急性期におけるアスピリンの使用は,脳梗塞発症後2~4週以内の死亡・脳梗塞再発を抑制することも示された(図3)。


アスピリンとヘパリンまたはt-PAの併用
  ISTでは,脳梗塞急性期におけるアスピリンとヘパリンの併用による出血リスクの増加が観察されたが,両薬剤の併用による抗血栓療法としての有効性の向上は認められなかった。したがって,脳梗塞急性期には原則としてアスピリンを単独で用いるべきである点に留意すべきである。
  脳梗塞急性期のt-PAによる血栓溶解療法において,抗血小板薬既投与例における出血リスクの上昇が懸念されていたが,これは,最近報告された無作為化試験IST-3により払拭された [Lancet 2012; 379: 2352] 。IST-3では,無作為化された3,035例の約半数が脳梗塞発症後48時間以内に抗血小板薬が投与されていた。脳梗塞発症後6時間以内のt-PA投与が,6ヵ月後の死亡・要介護リスクの割合にもたらす効果を抗血小板薬投与群と非投与群で比較したところ,両群に有意差は認められなかった(図4)。この結果から,脳卒中発症前の抗血小板薬の使用はt-PAによる抗血栓療法の禁忌とはならないことが示された。
  しかし,アスピリンと血栓溶解療法の併用は,別の問題である。ARTIST(Aspirin Resistance Testing and Initial Strategy for Treatment)試験において,t-PA開始後90分以内のアスピリン静注に加えて,t-PA投与開始24時間以降からのアスピリン経口投与の追加は,症候性の頭蓋内出血を有意に増加させたが,虚血性イベントを減少させなかった[Lancet. 2012; 380: 731] 。この結果は,t-PA施行24時間以内のアスピリン投与を避け,投与再開はt-PA療法後24時間以降が適切であるとするガイドラインの推奨をサポートするものである。


脳梗塞急性期におけるアスピリン以外の抗血小板薬
  脳梗塞急性期におけるアスピリン以外の抗血小板薬の有用性を検討した試験として,シロスタゾールのアスピリンに対する非劣性を検討したCAIST(Cilostazol in Acute Ischemic Stroke Trial)の結果が報告されている。CAISTは,心原性脳塞栓症,重症脳卒中例(NIHSS>15),抗凝固薬の使用歴のある患者等を除く,発症後48時間以内の急性期脳梗塞患者 458例を対象とし,シロスタゾール200mg/日,またはアスピリン300mg/日の有効性および安全性を比較検討した無作為化二重盲検試験である。その結果,主要評価項目である「投与開始90日後におけるmRSスコア0~2の達成」率は,シロスタゾール群で76%,アスピリン群で75%であり,急性期脳梗塞患者におけるシロスタゾール群の予後は,アスピリン群に対して非劣性である可能性が示された(P=0.0004)。今のところ,脳梗塞急性期におけるシロスタゾールのエビデンスは少ないため,今後,より多くの症例における検討が必要である。
ガイドラインの順守状況とアスピリンの有用性
  これまで述べてきた通り,脳梗塞急性期の治療においてアスピリン以上に有用性のエビデンスが存在する薬剤は他に例をみない。こうしたアスピリンのレベルの高いエビデンスを背景に,日米欧,英国,いずれのガイドラインも,脳梗塞急性期ではアスピリンを第一選択としているが,ガイドラインの順守を検証する方法として,脳卒中治療に関する国民調査は有用である。
  500万人の人口を有するスコットランドでは,脳梗塞入院例に対して,脳梗塞治療の質に関する全例調査が行われた。その結果,2005年には41%であった脳梗塞急性期でのアスピリン投与率は,全国的な働きかけにより改善し,2011年には72%まで上昇した。アスピリン禁忌症例の存在を考えれば全例に投与する必然性はなく,ガイドラインの順守率は良好であると考えられる。この結果を基に推定すると,年間13万件の脳梗塞が発症する英国において,ガイドラインが順守されていることにより,その80%にあたる104,000件にアスピリンが投与され,これによって新たに1,350人の脳梗塞患者の生存と自立が確保されたと考えられる。アスピリンはシンプルで低コストの治療法であるが,適切な急性期脳梗塞患者に広く使用されれば,脳卒中がもたらす社会的負荷の減少に大きなインパクトをもたらすことが可能となるであろう。
質疑応答
フロア
悪性中大脳動脈梗塞は外科手術の適応となるが,アスピリンを常時服用している可能性のある患者では,手術を遅らせるべきか,または他の処置方法を選択すべきか。
Sandercock
死亡リスクの高い脳浮腫の原因となる悪性中大脳動脈梗塞患者では,緊急の外科的減圧術が優先されるべきである。アスピリン服用は手術を遅らせる理由にはならず,直ちに手術を施行すべきである。
フロア
脳梗塞急性期にアスピリンを用いる場合,頭蓋内出血のリスクの高い中等症以上の症例では,様子を見てからアスピリン投与を開始したいが適切か。
Sandercock
適切だとは思わない。私自身の経験においても,急性期アスピリンで出血が問題となるのは非常にまれである。アスピリンは脳梗塞の重症度にかかわらず予後改善効果が示されているため,私は時間をおくことなく,ただちにアスピリンを投与するだろう。
フロア
脳梗塞急性期におけるアスピリンによる頭蓋内出血はまれとの説明だったが,出血は用量依存性なのか。
Sandercock
出血性合併症に用量依存性は認められない。アスピリンの有害事象で用量依存性が知られているのは,継続服用時の消化不良と便秘のみである。
フロア
脳梗塞急性期にはアスピリンが第一選択とのことだが,維持期に再発した場合,抗血小板薬は変更すべきか。
Sandercock
基本的に変更の必要はないと考えている。脳梗塞再発例では,主要な心血管リスクに対し,積極的な介入(主として降圧療法,脂質低下療法,禁煙努力など)を行うことで,出血リスクを増加させることなく,脳梗塞再発リスクの減少を図ることが可能となる。