Medical Tribune 2010年6月10日号掲載
第74回日本循環器学会総会・学術集会ファイアサイドセミナー
動脈硬化予防のエビデンス


島田 和幸 氏

山岸 昌一 氏

Prof. Jawahar
L. Mehta
座長
  • 島田 和幸 氏 自治医科大学病院 病院長・循環器内科 教授
演者
  • 山岸 昌一 氏 久留米大学糖尿病性血管合併症病態・治療学 教授
  • Jawahar L. Mehta 氏 米国・アーカンソー医科大学内科学・生理学・生物物理学 教授
   今春京都で第74回日本循環器学会総会・学術集会が開催された。ファイアサイドセミナー「動脈硬化予防のエビデンス」(座長:島田和幸氏=自治医科大学病院病院長・循環器内科教授)では,日米の専門家2氏が糖尿病・血栓症患者の動脈硬化予防戦略を考えるうえで重要な知見を提示した。両氏はそれぞれ,食後過血糖改善薬アカルボース(商品名:グルコバイ®,グルコバイ® OD錠)と抗血小板薬アスピリンの作用特性を説きながら,各薬の有用性と可能性を明らかにした。
講 演 1

AGEを標的とした血管保護療法 ―アカルボースの有用性―
山岸 昌一 氏 久留米大学糖尿病性血管合併症病態・治療学 教授

  糖尿病患者は年々増加し,日米英など主要国では現在成人の6~8%を占め,境界型糖尿病も8~12%存在すると推定されている。糖尿病は腎症や網膜症といった細小血管合併症を来し,透析導入や中途失明を招くなど生活の質(QOL)を著しく損なう。
  一方で糖尿病は動脈硬化を進展させ,心筋梗塞や脳卒中といった大血管合併症を来し,生命をも脅かす。現に糖尿病患者の平均余命は男女とも約15年短く,全患者の40~75%が心血管イベントで亡くなっている。
  このように山岸氏は糖尿病の疫学を概説し,糖尿病患者のQOLと生命予後を改善する見地から血管機能を保護する重要性を強調した。そして糖尿病性血管合併症の機序をかんがみ,アカルボースの臨床的有用性を示す知見を示した。

糖尿病血管合併症は食後高血糖による酸化ストレスを介して発現
  従来の臨床研究で心血管イベント発生リスクは,食後高血糖の持続によって高まると指摘されている。DIS研究では,2型糖尿病患者の空腹時血糖値が良好であっても朝食後1時間血糖値が180mg/dLを上回る場合,心筋梗塞の発症率は同値が正常な場合より3倍高いことが示されている(Diabetologia 1996; 39: 1577)。
  食後高血糖は酸化ストレスの産生を亢進させ,糖尿病血管合併症を発症・進展させると考えられている。
  Monnierらによると,2型糖尿病患者の食後血糖の変動幅は酸化ストレスマーカーである尿中8–Iso-PGF2αの排泄量と正相関する(JAMA 2006; 295: 1681)。またCerielloらは,2型糖尿病患者に超速効型インスリンを使用することにより,食後過血糖とともに酸化ストレスマーカーであるニトロチロシンの低下を認めることを報告している(Diabetes Care 2002; 25: 1439)。
  酸化ストレスの亢進は,血管内皮機能を維持・調節する一酸化窒素(NO)の産生低下やパーオキシナイトライトの形成,内皮型NO合成酵素阻害物質ADMAの産生増加を引き起こす。さらに酸化ストレスの亢進は,LDLの酸化やNF-κBの活性化を介し,動脈硬化関連因子の増加を促す。加えて血小板凝集能の亢進,線溶活性の低下を招いて血栓形成傾向を助長する。
食後高血糖を鋭敏に反映するグリセルアルデヒド由来AGEs
  では,食後高血糖はどのような機序で酸化ストレスを惹起するのか。
  山岸氏は,食後高血糖のみならず中性脂肪の増加など,食事に伴って生じる一連の代謝異常に起因すると解釈。食後代謝異常が終末糖化産物(AGEs)の生成,ポリオール経路の亢進,プロテインキナーゼCの活性化を促し,酸化ストレスを亢進させるのではないかと考えている。
  同氏は特にAGEsの関与に注目している。AGEsとは,蛋白や脂質,核酸が非酵素的に糖化・修飾されて生じる分子の総称である。各AGEは血管細胞や血小板,マクロファージに存在するAGEs受容体(RAGE)を介して認識されるが,蛋白などを修飾する糖の種類別に構造や細胞毒性が若干異なる。
  ほとんどのAGEsはグルコースに由来し,長い年月をかけて不可逆的に生成・蓄積される。従来この種のAGEsは長期にわたる血糖コントロールの不良が生体内に刻む「高血糖の記憶(metabolic memory)」の本体と目されてきた。
  しかし最近の研究により,量は少ないものの,グリセルアルデヒドに由来するAGEsは血糖変動に対して鋭敏に反応し,食後の血糖上昇に伴って著増することも明らかになってきた。しかもグリセルアルデヒド由来AGEsは,RAGEへの結合力がグルコース由来AGEsより10倍以上高く,毒性も非常に強い。同氏らの動物実験では,グルコース由来AGEsの前駆物質であるHbA1Cより,グリセルアルデヒド由来AGEsのほうが食後高血糖を反映する指標として優れることも示唆されてきている。
アカルボース早期投与で心血管イベント発生抑制を図るべき
  そこで山岸氏らは,経口糖尿病薬の使用経験がない2型糖尿病患者13例に対し,アカルボースの投与(50mg×3回/日×12週)を試みた。すると投与前と比べてHbA1C値はほとんど低下しなかったが,グリセルアルデヒド由来AGEsの血中濃度は有意に低下した(図1)。


  このことから,同氏は「アカルボースは食後高血糖に伴う毒性の強いAGEsの生成を抑え,血管保護的に働く可能性がある」と考察。糖尿病血管合併症に対するアカルボースの臨床的有用性は,次のような知見からもうかがえると説明した。
  (1)耐糖能障害例を対象とする大規模臨床研究STOP-NIDDMのサブ解析でアカルボースは,動脈硬化の代替マーカーである頸動脈内膜中膜複合体肥厚の進展を有意に抑制した(P=0.021 vs プラセボ;Mann-Whitney U検定/Stroke 2004; 35: 1073)。
  (2)STOP-NIDDMでは,アカルボースの投与により心血管イベント発生リスクが49%,高血圧症の新規発症リスクが34%,それぞれ有意に抑制された(P=0.03,P=0.0059 vs プラセボ;Cox比例ハザードモデル/JAMA 2003; 290; 486)。
  (3)7つの臨床試験成績をメタ解析したMeRIA7研究では,2型糖尿病患者にアカルボースを投与すると心筋梗塞発症リスクが64%,心血管イベント発生リスクが35%,それぞれ有意に低下し(図2),血糖値・中性脂肪値・BMI・収縮期血圧も有意に低下した(P<0.001,<0.001,=0.043,=0.024 vs プラセボ;ANCOVA法)。


  以上より同氏は,アカルボースによる早期介入で,食後高血糖に伴うAGEsの生成亢進が抑えられ,酸化ストレスが抑えられることで,心血管イベントが減少した可能性を指摘。「アカルボースがメタボリックシンドロームのリスク因子を低減させるのも,その抗AGEs化・抗酸化作用によるものかもしれない」と述べ,講演を終えた。
講 演 2

アスピリンの新しい作用 ―アテローム発生・心筋梗塞のおける潜在的作用機序―
Jawahar L. Mehta 氏 米国・アーカンソー医科大学内科学・生理学・生物物理学 教授

  アスピリンは,1899年に発売された世界初の人工合成医薬品である。その有用性は豊富なエビデンスに裏づけられ,世界中で解熱・鎮痛薬,抗炎症薬,抗血小板薬として活用されている。しかし今なお,アスピリンが有する作用の全貌は解明されていない。Mehta氏は,近年注目されているアスピリンの作用とその機序に関する研究の動向を紹介した。

国際共同研究でアスピリンの心血管イベント抑制効果を確認
  Mehta氏は冒頭,血管閉塞を来す重要イベントである血栓症の発現機序について概説した。
  血栓形成の初期は血管内皮層・平滑筋,血流は正常に見えるが,アテローム硬化症を来す患者の場合,既に血管機能障害は始まっている。その後10年以上経過すると,血管壁の変化が顕在化してくる。動脈内膜の肥厚や平滑筋細胞の遊走・増殖,内膜下への炎症細胞の遊走が促され,単球は酸化LDLを取り込んで泡沫細胞と化す。晩期には多数のマクロファージや泡沫細胞,炎症細胞が生じ,血管内皮層の破裂・剥離や血小板の凝集が進み,不安定冠症候群や脳卒中が引き起こされる。
  アスピリンは,こうした血管内皮障害から炎症,酸化LDLの生成,血栓症の発症に至る経路の要所で,さまざまな作用を発揮する。同氏は,まずアスピリンの抗血小板作用を取り上げた。その臨床効果は1970年代に確認されたが,とりわけ不安定狭心症男性患者にアスピリンを投与すると,用量によらず死亡・非致死的心筋梗塞の発生が著明に抑制された(N Engl J Med 1983; 309: 396ほか)。   国際共同研究APT(Antiplatelet Trialists'Collaboration)によるメタ解析では,心筋梗塞既往患者に対するアスピリンの心血管イベント再発抑制効果が示された(BMJ 1994; 308: 81)。後続のATT(Antithrom-botic Trialists'Collaboration)メタ解析では閉塞性血管障害を有する患者を対象とし,同様の成績が得られた(BMJ 2002; 324: 71)。
  またHarpazらは,アスピリンの投与により,冠動脈疾患を合併したインスリン非依存型糖尿病患者の全死因死亡率が低下することを明らかにした(Am J Med 1998; 105: 494)。米国では,心血管リスクの高い糖尿病患者に低用量アスピリンの使用を考慮するよう推奨している。
アスピリンは内皮保護的作用を持つAktの活性を亢進させる
  続いてMehta氏は,主として最近の基礎研究結果に基づいて,アスピリンの抗炎症作用と抗酸化作用について解説した。
  アテローム硬化症における炎症反応は,酸化ストレスや血小板凝集,平滑筋細胞増殖によって亢進する。炎症には多数の細胞接着分子も関与し,活性化内皮細胞はICAM-1,VCAM-1,P-セレクチン,L-セレクチン,カドヘリンの発現を増強する。
  これらの炎症関連因子に対し,アスピリンは多面的に抑制する。例えばin vitroヒト血管モデルにアスピリンを投じると,ICAM-1の発現および平滑筋細胞の増殖は抑制され(Circulation 2001; 103: 1688),T細胞の内皮細胞への接着,T細胞上のL-セレクチン発現も抑制される(J Immunol 2001; 166: 832)。
  また,内皮細胞でのシグナル伝達にかかわる転写因子NF-κBは,炎症性サイトカインを活性化させ,アテローム発生や心筋梗塞の発症に荷担する。一方,内皮型NO合成酵素阻害物質をリン酸化させるAkt(プロテインキナーゼB)は細胞アポトーシスを抑え,内皮を保護するように働く。Yuanらは,糖尿病やメタボリックシンドロームのモデルマウスにアスピリンを投与すると,Akt活性が高まりNF-κBのシグナル伝達が阻害されると報告している(Science 2001; 293: 1673)。
  動脈硬化モデルマウスを用いた実験では,アスピリンがアテローム硬化巣での前炎症分子フラクタルキンの発現を抑制することも示唆されている(Cardiovasc Drug Ther 2010; 24: 17)。
酸化ストレスによる血管内皮障害がアスピリン投与で回復
  アテローム硬化症の発症・進展には酸化ストレス,すなわち活性酸素種(ROS)の過剰産生が大きく関与している。ROS自体は生物学的に欠かせないが,その産生はアテローム硬化症や糖尿病,血栓症,加齢に伴って過剰になりやすい。
  酸化LDLが形成されると,血管内皮細胞上の受容体LOX-1の発現が増加し,内皮機能障害や炎症,血栓症が促進される。これに関してMehta氏らはin vitro研究を行い,アスピリンが用量・時間依存的にLOX-1 mRNAおよびLOX-1の蛋白レベルを抑制することを確認している(Cardiovasc Res 2004; 64: 243)。
  また,酸化ストレスによってNOが分解されると,NOの血管弛緩作用や,血小板凝集・炎症・平滑筋細胞増殖に対する潜在的抑制作用が損なわれる。だが,そうした場合でもアスピリンを投与すれば,内皮依存性血管拡張反応を回復しうることが,高血圧症患者を対象とした臨床研究の結果からうかがえる(図1)。


  最後に同氏は,アスピリンの抗血管新生作用と抗アテローム硬化作用を示す検討例を紹介したうえで「アスピリンが有する抗血小板以外の作用の一部は,サリチル酸も関与するシクロオキシゲナーゼ阻害によらないものである」と付言。さらにアテローム硬化症および心筋梗塞などの続発症に対する,アスピリンの多面的調節作用を図示した(図2)。「本講演がアスピリンの作用機序を理解し,アスピリンを賢く活用する契機となれば幸いである」と結んだ。


本ページはバイエル薬品株式会社の提供です