Medical Tribune 2009年5月28日号掲載
特別企画
座談会
低用量アスピリンのリスクとベネフィットを考える
―それは消化性潰瘍の原因か?―


島田 和幸 氏

平石 秀幸 氏

矢坂 正弘 氏
司会
  • 島田 和幸 氏 自治医科大学循環器内科主任教授
出席者
  • 平石 秀幸 氏 獨協医科大学消化器内科主任教授
  • 矢坂 正弘 氏 国立病院機構九州医療センター脳血管内科医長
  脳・心血管疾患再発予防における低用量アスピリンの有用性は確立しており,アスピリンは最もよく用いられる薬剤の1つとなっている。一方,アスピリンを含むNSAIDは,消化管粘膜傷害を引き起こし,潰瘍性出血を来す例がある。近年,その予防にプロトンポンプ阻害薬(PPI)が処方されるケースがあるが,果たして低用量アスピリンによる消化管粘膜傷害のリスクを正しく把握した対策と言えるのか。本座談会では循環器と消化器,脳の専門家の議論から,低用量アスピリンの意義と消化管障害発症の実態を整理,リスクとベネフィットを踏まえた低用量アスピリンの使い方を提示する。

アテローム血栓症のファイナルイベントを予防するアスピリン

島田 脳梗塞,狭心症,心筋梗塞などの脳・心血管疾患の多くは,アテローム血栓症によって起こります。これを防ぐには抗血栓療法が不可欠で,とりわけ,血栓形成の初期段階に血小板凝集を阻止する抗血小板薬の役割は重要です。その代表がアスピリンで,イベント抑制のための基本薬であることが世界的コンセンサスとなっています。一方,アスピリンを含むNSAIDには消化管の粘膜傷害や出血という副作用があります。本日は,このような低用量アスピリンのリスクとベネフィットを踏まえた使い方について議論を行います。
  まず私から,アテローム血栓症に対するアスピリンの有用性を示す成績を紹介します。まず,1988年に報告されたISIS-2が挙げられます。急性心筋梗塞患者約17,000例を対象にしたもので,アスピリン服用により心血管イベントの発生と死亡が有意に減ることが明らかにされました。アスピリンが単なる抗炎症薬ではなく,ストレプトキナーゼに匹敵する予後改善効果を持つことが,この試験で初めて実証されたのです。続いて,不安定狭心症に対するアスピリンの有用性も立証され,急性冠症候群の第一選択薬となりました。現在では急性冠症候群のみならず,心筋梗塞慢性期,安定狭心症,経皮的冠動脈形成術(PCI)・冠動脈バイパス術の血流改善など,急性期から慢性期にかけて第一選択薬として推奨されており,虚血性心疾患における必須薬剤となっています。
*International Study of Infarct Survival
  アスピリンによる抗血小板療法の最大の意義は,死に至るファイナルイベントを予防する点にあります。アスピリンのリスクを論じる場合,こうしたベネフィットを正しく評価することが必要となります。例えば心筋梗塞の再発予防のためにアスピリンを服用している患者が,軽い鼻出血があったからと休薬するのは,本末転倒と言わざるを得ません。その点を押さえつつ,脳梗塞や一過性脳虚血発作(TIA)の再発予防におけるアスピリンの位置付けを,矢坂先生から紹介していただきます。

脳梗塞/TIAの再発予防に不可欠安易なアスピリン休薬は避ける

矢坂 日本では年間約14万人が脳血管障害で亡くなっています。死因としてはがん,心疾患に次ぎ第3位ですが,寝たきりや認知症の原因としては断然トップで,脳血管障害の予防は社会的課題となっています。ここでは,最も患者数の多い脳梗塞に絞って話を進めます。
  脳梗塞は,ラクナ梗塞,アテローム血栓性脳梗塞,心原性脳塞栓症の3タイプに分けられます。われわれの施設で脳梗塞急性期例の病型を調べた結果,ラクナ梗塞29%,アテローム血栓性脳梗塞27%,心原性脳塞栓症31%と,いずれもほぼ3割でした。
  こうしたラクナ梗塞やアテローム血栓性脳梗塞の再発予防に,抗血小板薬は欠かせません。なかでもアスピリンは,多くの大規模試験で有用性が証明されています。例えば2002年に報告された国際共同研究ATTのメタ解析では,75~150mg/日のアスピリンによる抗血小板療法で,プラセボ群に比べ脳梗塞再発が25%低下することが明らかにされています。
*Antithrombotic Trialists' Collaboration
  これを踏まえ,米国のAHA/ASA,欧州のESO,日本循環器学会などの脳卒中ガイドラインでは,再発予防(慢性期治療)のクラス I として,アスピリンなど抗血小板薬の継続投与を推奨しています。また,急性期治療についても,「アスピリン160~300mg/日の経口投与は,発症早期(48時間以内)の脳梗塞患者の治療として推奨される」としています。このようにアスピリンは,脳梗塞急性期,慢性期の治療さらには発症予防において,非常に高く位置付けられています。
島田 抗血小板薬には出血のリスクがあります。脳領域では脳出血が問題ですが,頻度はどの程度ですか。
矢坂 日本人抗血小板薬服用例の出血性合併症を前向きに調べたBAT研究によると,頭蓋内出血の頻度は0.34%でした。抗血小板療法には脳出血のリスクを大きく上回るイベント抑制効果がありますから,出血に注意を払いつつ長期間使用することが大事です。一方,アスピリン服用患者が,なんらかの事情で休薬すると脳梗塞発症のオッズ比は3.4倍に跳ね上がります。安易なアスピリンの休薬は絶対に避けるべきである。この点は特に強調しておきたいです。
*Bleeding with Antithrombotic Therapy

消化性潰瘍の主因はH.pylori とNSAID

島田 ここまでのお話で,低用量アスピリンが脳・心血管疾患の予後改善に有用なことがわかりました。一方,アスピリン服用例で懸念されるのが,出血性の消化性潰瘍です。出血を起こした患者の多くは消化器内科を受診しますので,今回のような議論を行わないと全容が見えてきません。そこで平石先生から,NSAIDやアスピリンによる上部消化管障害の実態を紹介していただきます。
平石 消化性潰瘍の主因はHelico-bacter pylori(H.pylori )とNSAIDです。最近はH.pylori の感染率が低下傾向にあり,NSAIDの比重が高まっています。事実,過去5年間に当科に緊急入院した出血性の消化性潰瘍患者303例の薬剤投与歴を調べたところ,107例(35.3%)がNSAIDを,77例(25.4%)が抗血小板薬または抗凝固薬を内服していました。この成績から出血性潰瘍の半数以上がNSAID,抗血小板薬,抗凝固薬によるものであったと説明できます(表1)。


矢坂 私たちの診る患者さんとは対象がまったく異なりますから,抗血小板薬の印象も違ってきますね。
平石 そうです。最近では,アスピリンなど抗血小板薬の処方が年々増えていることも一因だと思います。
  さて,NSAID潰瘍についての信頼できるデータとしては,1991年に日本リウマチ学会が実施した大規模調査があります。これは,NSAIDを3か月以上服用したRA患者1,008例について,内視鏡で上部消化管障害の頻度を検討したものです。その結果,15.5%に胃潰瘍,1.9%に十二指腸潰瘍が見つかりました。一般人口での胃潰瘍発見率は1.42%,十二指腸潰瘍は0.59%(1991年日本消化器集団検診学会統計)ですから,NSAID服用で胃潰瘍は10倍以上,十二指腸潰瘍は3倍以上,発生頻度が高まっていました。
  アスピリンについてはYeomansらの検討があります。彼らは低用量アスピリンを一月以上服用した187例に内視鏡検査を行い,10.7%に潰瘍が見られたこと,その8割は無症状だったことを報告しています。こうした無症状の潰瘍患者の存在には注意を払うべきでしょう。ただ,これは欧米の成績ですから,そのまま日本人に適用することはできません。

低用量アスピリンによる重症消化管出血の増加は0.12%/年

島田 なるほど。では,より明確な消化管出血の頻度はいかがですか。
平石 低用量アスピリンに伴う消化管出血については,6つのケースコントロール・スタディをメタ解析したMcQuaidらの成績があります。彼らは,アスピリンによる重症消化管出血の増加は年0.12%としています(図1)。これは年間833例にアスピリンを用いると1例の重症消化管出血例を生じるという数字で,頻度としては高くないと言えそうです。


島田 NSAIDとアスピリンでは,消化管障害や消化管出血の発生頻度がかなり違いますね。
平石 データによりばらつきはありますが,低用量アスピリンのリスクはNSAIDに比べて低いと言えます。とはいえ消化管出血の危険はありますから,十分な注意が必要です。
矢坂 どんな症例で消化管障害が起きやすいのでしょうか。
平石 それについては多くの臨床研究がなされており,確実な危険因子として,高齢,潰瘍の既往,糖質ステロイドの併用,高用量あるいは複数のNSAIDの併用,抗凝固療法の併用,重篤な全身疾患などが挙げられています。また,H.pylori 感染,喫煙,飲酒なども消化管障害のリスクになる可能性があります(表2)。


島田 NSAIDやアスピリンが,消化管障害を引き起こす機序について説明してください。
平石 1つは,胃酸が関係する機序です。胃に入ったNSAIDは胃酸により非イオン化され,脂溶性に変化します。その結果,細胞膜の透過性を獲得して,胃粘膜上皮に入り蓄積されます。そして,細胞内で再びイオン化され,粘膜上皮を直接傷害します。もう1つは,COX阻害を介したプロスタグランジン(PG)産生抑制によるものです。PGは胃粘膜保護作用を担いますから,それが低下することで胃粘膜傷害が生じます(図2)。アスピリンによる消化管障害の予防や治療には,この2つの機序を回避する戦略を立てればよいわけです

すべての高齢者にPPIを併用するのか!?

島田 低用量アスピリンでも消化管障害のリスクはある。しかし,脳梗塞や心筋梗塞の再発予防には長期使用が欠かせない。とすれば,消化管障害をいかに防ぐかがポイントになりますね。
平石 先の第一のルートの直接的胃粘膜傷害を防ぐために,アスピリン腸溶錠を使う方法があります。これにより胃酸に依存した傷害を阻止できます。実際,アスピリン腸溶錠は素錠に比べ消化管障害の発生を有意に低下させたとの論文も出ています。しかし,この報告には反論があるのも事実です。
  また,胃酸を抑制するためPPIを併用するのも1つの方法です。これにもデータがあり,アスピリンによる消化管出血のリスクはPPI併用で低下することが認められています。昨年発表された米国のガイドラインでは,消化性潰瘍などの既往があればもちろん,なくても60歳以上など2つ以上のリスクがあれば,PPIの使用が推奨されています。ただし,PPIではコストの問題を考えることが必要となります。
*ACCF/ACG/AHA Expert Consensus Document

島田 アスピリンを長期服用した,それらの方すべてにPPIを併用するというのは,医療経済に大きな負担をもたらしますね。循環器領域では急性期はともかく,慢性期にPPIを併用することはありません。
平石 確かに,アスピリン服用中の高齢者すべてにPPIが必要だとのエビデンスはありません。強く勧める根拠は,特に日本人では不十分と言えます。
島田 脳領域では,いかがですか。
矢坂 脳梗塞急性期ではストレス潰瘍が発生しやすいので,PPIなど抗潰瘍薬を併用します。しかし,慢性期には潰瘍の既往のある方を除いてPPIは用いていません。日本人の2型糖尿病患者を対象にしたJPAD試験では,1,262例に低用量アスピリンを使用(中央値4.37年)し,消化管出血は12例,非出血性上部消化管潰瘍が18例でした。つまり,低用量アスピリン長期服用で消化管出血や非出血性潰瘍を起こすのは100例に1例と1.5例ですから,予防のため全例でPPIを使うのは行き過ぎだと思います。
*Japanese Primary Prevention of Atherosclerosis with Aspirin for Diabetes

抗血栓薬を休薬する場合患者からの同意書が必要

島田 アスピリン使用時にH.pylori 感染の有無を調べ,陽性例は除菌したほうがいいとの意見もあります。
平石 アスピリン使用前に,全例でH.pylori 検査を行うのは非現実的でしょう。消化管障害や出血などが起きた例において,再発予防のためにH.pylori の有無をチェックすべきだと思います。
島田 アスピリン服用例でも除菌すると,再出血は減りますか。
平石 非除菌例と比べると減りますが,それだけでは不十分です。除菌単独群と除菌+PPI群を比較した検討では,前者で14%,後者で2%の再発が見られました。アスピリン服用例で出血性潰瘍を生じた患者では,除菌後のPPI併用が推奨されます。
矢坂 アスピリンの代わりにクロピドグレルを使う方法はどうですか。
平石 アスピリン服用中に出血性潰瘍が起こり,治療後,アスピリン+PPI,クロピドグレル単剤をそれぞれ1年間継続した検討があります。アスピリン+PPI群の出血性潰瘍再発率は0.7%,クロピドグレル単剤群は8.6%でした。クロピドグレル単剤への切り替えはリスクを高める。クロピドグレルはアスピリンの代替薬になり得ないというのが,現時点でのコンセンサスです。
島田 アスピリン服用中に出血性潰瘍を生じた場合の対応は困難です。
矢坂 出血性潰瘍の疑われる例は消化器内科で内視鏡検査を行います。それで重症の消化管出血が見つかれば,アスピリンを含め抗血栓薬を中止せざるを得ません。当然,血栓性疾患のリスクは高まりますから,当施設では必ず休薬に関する患者の同意書を取るようにしています。
島田 ほう,それはすごいですね。再開はいつごろに設定しますか。
矢坂 消化器内科の先生と相談し,症例ごとに対応しています。
平石 抗血栓薬の再開時期について明確な基準はありません。止血の確認が,1つの目安となるでしょう。
島田 本日は,消化器と脳,循環器の専門医で議論を行いました。消化器内科の先生方が,低用量アスピリンは脳・心血管疾患再発予防の必須薬であることを確認し,同時にアスピリンによる消化管出血のリスクを循環器や脳の医師が理解する。こうしたリスクとベネフィットの整理と相互理解がまず必要でしょう。さらに,安易な休薬は慎むこと,継続にはハイリスク例の洗い出しやPPI併用,H.pylori 除菌などが有用であること,医療コストの検討も不可避だと指摘できると思います。
本ページはバイエル薬品株式会社の提供です