Medical Tribune 2009年3月19日号掲載
特別企画
座談会
糖尿病患者の脳・心血管イベント予防戦略
多角管理はどこまで積極的に行うべきか?


門脇 孝 氏

Peter H. Gæde 氏

棚橋 紀夫 氏

代田 浩之 氏

植木 浩二郎 氏
司会
  • 門脇 孝 氏 東京大学大学院糖尿病・代謝内科学教授
出席者
  • Peter H. Gæde 氏 デンマーク・ハーレブ大学病院内分泌学Steno糖尿病センター
  • 棚橋 紀夫 氏 埼玉医科大学国際医療センター教授・ 脳卒中センター長
  • 代田 浩之 氏 順天堂大学循環器内科学教授
  • 植木 浩二郎 氏 東京大学大学院糖尿病・代謝内科学准教授
  糖尿病に伴う脳・心血管イベントの発生および進行をいかに予防するか―。2008年に発表されたSteno-2研究の長期成績は,多因子介入強化治療の有用性を明らかにした。現在日本でも,2型糖尿病患者を対象とした血管合併症抑制のための多因子介入強化治療と従来治療の無作為化臨床研究J-DOIT3(Japan Diabetes Optimal Integrated Treatment study for 3 major risk factors of cardiovascular diseases)が進行中であり,その動向が注目されている。本座談会では,Steno-2ならびにJ-DOIT3を主導する研究者と,脳卒中・循環器内科の専門家を招聘し,糖尿病患者の脳・心血管イベント予防戦略としての多角管理の在り方を議論していただいた。

門脇 本日は「糖尿病患者の脳・心血管イベント予防戦略:多角管理はどこまで積極的に行うべきか?」と題し,議論を進めたいと思います。まずは長年にわたりSteno-2研究を主導してきたGæde先生に,その概要をお話しいただきます。

Overview: Steno-2
早期からの厳格な多角管理が脳・心血管イベント予防に奏効

Gæde Steno-2は,1992年に開始し2006年に終了した無作為化オープンラベル法による臨床研究です。微量アルブミン尿を伴う2型糖尿病患者160例を対象とし,これらを従来治療群と多様なリスク因子に積極的に介入する強化治療群に割り付けました。強化治療群には,従来治療群より高い目標を課して糖尿病・高血圧症・脂質異常症の治療を段階的に行い,抗血小板薬アスピリンを積極的に用いました。
  治療開始4年後に糖尿病性腎症・網膜症,自律神経・末梢神経障害などの細小血管障害,8年後には心血管イベントに関する複合エンドポイント(心血管死,非致死的心筋梗塞,非致死的脳卒中,血管形成術,切断術)を評価しました。その結果,4年後の細小血管障害発生率は,従来治療群と比べて強化治療群で有意に低いことが示されました。強化治療の優位性は8年次の成績でも認められ,末梢神経障害以外の細小血管障害の発生リスクは,オッズ比で従来治療群の半分以下でした。
  そこで8年目以降,従来治療群にも強化治療を施して追跡しました。そして2008年2月に13年次の成績を発表したのですが,興味深いことに両群のHbA1C値や血圧値,血清脂質値,尿中アルブミン排泄率は同等になったものの,最初から強化治療を受けた群で総死亡率は有意に低いという結果が得られました。強化治療によって主要イベントの絶対リスクは,従来治療群と比べて総死亡で20%,心血管死で13%,脳・心血管イベントでは29%も少なくなることがわかりました。強化治療群では糖尿病性腎症の増悪,透析を要する末期腎不全への進展,糖尿病性網膜症や自律神経障害の増悪も有意に抑えられていました。ちなみに両群とも,重大な有害事象をほとんど来しませんでした。
  こうした結果を受け,われわれはリスク因子の多角管理が糖尿病患者の脳・心血管イベント予防にどの程度寄与するか,Steno-2以外の研究結果と併せて考察しました(表1)。すると,Steno-2の8年次成績で示された従来治療群のイベント発生率は年平均7.0%ですが,その考察に基づいてコレステロール値を0.6mmol/L(23mg/dL)下げると5.3%に低下。さらに収縮期/拡張期血圧値を5/2mmHg下げ,HbA1C値を0.9%下げ,アスピリンによる抗血小板療法も行うと,イベント発生率は3.1%にまで低下すると推定されました。

Discussion
どうすればリスク因子別に管理の寄与度を直接評価できるか?

門脇 糖尿病患者に対する多因子介入強化治療,とりわけ早期からの厳格かつ積極的な治療が脳・心血管イベント予防に有効であることが検証されたわけですね。Gæde先生に質問や意見はありませんか。
代田 研究に当たり,対象例数はどのように算定されたのでしょうか。
Gæde 研究開始時,1990年代初頭は脳・心血管イベントに関するデータが乏しかったため,糖尿病性神経障害に関する従来の研究データを基礎とし,少なくとも糖尿病性神経障害の発生率には治療4年後に群間差が見られると予想される例数を計算しました。そのうえで脳・心血管イベントの発生リスクを推定して例数を若干増やし,最終的に160例としました。
代田 微量アルブミン尿を呈する2型糖尿病患者を対象に研究されましたが,デンマークでは一般に何割くらいの症例に見られますか。
Gæde 4割ぐらいだと思います。日本ではどうですか。
植木 2割程度です。
棚橋 各リスク因子管理の予後改善への寄与度を解析されていますが,それらは多角管理で同時にコントロールしているため,個別に評価するのは難しいのではないですか。
Gæde おっしゃる通りです。本研究のデータから直接評価はできませんので,先ほど紹介したような形で過去の代表的知見を参考にして解析を試みた次第です。
植木 2型糖尿病患者を対象とした英国の大規模臨床研究UKPDSでは,HDLコレステロール(HDL-C)低値が最も重要なリスク因子であると指摘されましたが,Steno-2ではどのように評価されましたか。
Gæde HDL-C値に群間差は見られませんでしたが,総コレステロール(TC)値を中心に評価したところTC高値が重要なリスク因子でした。
門脇 棚橋先生が指摘されたように多角管理の有用性は,さまざまなリスク因子管理の総和から判断されます。個々のリスク因子の重要度を評価するには,やはり2×2あるいは3×3factorialデザインでの試験を行う必要がありますね。   それでは次に日本で進行中のJ-DOIT3について,植木先生に概要と現状を説明していただきます。

Overview: J-DOIT3
血糖・血圧・脂質ともSteno-2より高い目標を設定して管理

植木 J-DOIT3は,2型糖尿病患者の血管合併症抑制を目指して2006年から本格的に開始された大規模臨床研究です。対象は高血圧か脂質代謝異常,または両方を伴う45~69歳の2型糖尿病患者(HbA1C ≥6.5%)で,3,000例の登録を目標としています。一次エンドポイントは死亡,心筋梗塞または脳卒中で,これらの発生リスクを登録終了後4年間で30%抑制することを目指します。二次エンドポイントは,腎症の発症・増悪,冠動脈バイパス術(CABG),経皮的冠動脈形成術(PCI)または下肢切断,網膜症の発症・増悪です。
  対象を強化治療群と従来治療群に無作為に割り付けて予後を比較しますが,強化治療群における各リスク因子の管理目標はHbA1C値<5.8%,血圧<120/75mmHg,LDLコレステロール(LDL-C)値<80mg/dL,トリグリセリド(TG)値<120mg/dL,HDL-C値 ≥40mg/dLとしました(表2)。
  これらの目標を達成すべく,初めの3か月間は厳格な食事・運動療法を指導。そのうえで血糖・血圧・脂質管理を次のように3段階に分け,各段階の治療を行います。
  【血糖管理】(1)チアゾリジン誘導体(TZD)またはインスリン分泌促進薬(ISA)→(2)TZD+ISA→(3)インスリン治療+TZD。【血圧管理】(1)ARBまたはACE阻害薬→(2)+Ca拮抗薬→(3)+利尿薬,β遮断薬など。【脂質管理】(1)ストロングスタチン通常量→(2)最大量→(3)+イオン交換樹脂製剤。なお,次段階への移行基準はHbA1C値 ≥5.8%で上昇または<1%低下(6か月以内),血圧は3~6か月で目標を達成する。
  試みに研究開始後21か月(2008年5月)時点のデータを集計すると,血糖・血圧の管理状況は,強化治療群のほうが従来治療群より良好な結果が示されました。脂質に関しても,強化治療群では従来治療群よりLDL-C値が低下。HDL-C値は上昇しTG値は低下しつつあり,きわめて順調に管理されていました。ただし体重は,若干増加する傾向が見られました。
 最終解析でどのような合併症予防効果が示されるか,その成績が新たな知見として2型糖尿病治療ガイドラインに反映されるか,関心・期待を寄せてくだされば幸いです。

Discussion
脳・心血管イベント二次予防の全対象患者にアスピリンを投与

門脇 J-DOIT3は,Steno-2の結果も踏まえて立案された大規模臨床研究です。Steno-2では血圧・脂質管理の重要性がうかがえましたが,血糖値改善による血管合併症の抑制効果は必ずしも明確に示されなかったため,その点はJ-DOIT3で検討されることが期待されます。
Gæde J-DOIT3は,実地医家レベルで行われているのですか。
植木 糖尿病専門医が主体です。このほか,循環器専門医などにも参加していただいています。
棚橋 強化治療群の降圧目標をSteno-2の<140/85mmHg(研究開始時~8年目),<130/80mmHg(同8年目以降)よりも厳しい<120/75mmHgに設定されたのはなぜでしょうか。
植木 UKPDSなどの成績から,血圧値を低くすればするほど予後改善につながると判断したからです。
棚橋 対象年齢が45~69歳なので妥当かもしれませんが,75歳以上の超高齢患者に対する降圧目標については議論の余地がありそうですね。
Gæde 最近発表されたHYVET試験の成績によると,80歳以上の高血圧症患者では<150/80mmHgの目標で十分な効果が得られています(N Engl J Med 358: 1887, 2008)。高齢患者の降圧治療時に懸念される,起立性低血圧を来した例はありますか。
植木 現時点では1例も報告されていません。
Gæde Steno-2で直面した問題として体重増加と喫煙が挙げられます。強化治療群には禁煙を強く促し禁煙補助薬も使い,喫煙率は40%から30%に減ったのですが,従来治療群と大差ありませんでした。
門脇 J-DOIT3でも禁煙補助薬の使用を検討していますが,喫煙習慣を中止させるのは難しい課題ですね。
代田 抗血栓薬の使用状況はいかがでしょうか。
植木 今のところ脳・心血管イベントの二次予防の対象患者は11%ですが,日本糖尿病学会の診療ガイドラインに基づいてアスピリンを投与するというプロトコールにしています。

多角管理は積極的に進めつつも過度にならないよう注意すべき

門脇 最後に脳卒中専門医の立場から棚橋先生,循環器専門医の立場から代田先生に糖尿病患者の多角管理について,抗血栓療法も含めてコメントをいただきたいと思います。
棚橋 糖尿病患者の脳卒中発症率は非糖尿病患者の約3.5倍に上ります(図)。その予防に多角管理が必要なことは言うまでもありませんが,脳卒中に関しては高血圧対策が最も重要です。ただ,十分な降圧が不可欠な半面,過度の降圧は脳卒中を誘発するリスクを伴い,脳卒中既往例での降圧目標については専門家の見解も一致していません。欧州の脳卒中学会や高血圧学会は<130/80mmHgを推奨していますが,私は<140/90 mmHgが妥当と考えています。
  とりわけ過剰降圧に注意を要するのは,頸動脈や脳血管に動脈硬化性病変が認められるケースです。そうした例は糖尿病患者に多いため,少しでも疑いがあれば頸動脈のエコー検査,脳血管のMRI検査を行う必要があります。
  また抗血小板薬アスピリンは,欧米では脳・心血管イベントの一次予防にも使われていますが,今のところ日本では二次予防に限られています。J-DOIT3と同様に現在進行中の,アスピリンによる一次予防効果を検証する大規模臨床研究JPPPの結果が待たれます。


代田 心臓病学の領域における多角管理の歴史は長く,その臨床的意義を物語る研究成績は多数発表されています。古くはSCRIP試験でアテローム動脈硬化の進行抑制効果が示され(Circulation 89: 975, 1994),最近ではSteno-2のほか,COURAGE研究で冠動脈イベントの抑制効果が報告されました(Circulation 117: 1283, 2008)。また,アスピリンの有用性は確立しているため,心臓病専門医は脳・心血管イベント予防の基礎薬として使用しています。
  糖尿病を合併する心疾患患者は近年一段と増加する傾向にあり,日本では冠動脈疾患患者の70~80%が糖尿病や耐糖能異常を来していると推測されます。それだけに多角管理の徹底が求められますが,まだまだ十分に行われていないのが実情です。専門分野の枠を超えた総合的診療システムの構築,実地医家レベルでの多角管理の推進が急務と考えます。
Gæde アスピリンをはじめとする二次予防薬は,生涯にわたって使用することが大切です。服薬中止によって死亡リスクが著明に高まることを示唆する研究結果も報告されていますから,コンプライアンスの確認を励行することも大切ですね。
門脇 本日の議論を通じ,2型糖尿病患者の脳・心血管イベント予防戦略として,血糖に加えて脂質・血圧も早期から積極的に管理し,アスピリンを活用するという方向性が見出せました。同時に「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」の事態が生じる可能性も指摘されました。
  例えばACCORD研究では,頻回インスリン注射+SU薬を含む経口薬2~3剤でHbA1Cが6%以下であっても,空腹時血糖が100mg/dL,食後2時間血糖が140mg/dLを超えている場合には,さらに治療を強化するというプロトコールになっています。HbA1Cを指標に6か月ごとに緩やかに治療をステップアップするというJ-DOIT3とはまったく異なるプロトコール強化治療が行われました。その結果,重症低血糖が16.2%に認められ,強化治療群の死亡数が従来治療群を上回ったため,中止されました。特に高リスク患者の多角管理は,こうしたリスクにも留意して進めなければなりません。
  どうもありがとうございました。
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