Medical Tribune 2009年3月12日号掲載
特別企画
座談会
糖尿病患者の脳・心血管イベント発生リスクと多角管理の重要性


寺本 民生 氏

Peter H. Gæde 氏

島田 和幸 氏

山田 信博 氏

内山 真一郎 氏
司会
  • 寺本 民生 氏(司会) 帝京大学内科学 主任教授
出席者
  • Peter H. Gæde 氏 デンマーク・ハーレブ大学病院内分泌学Steno糖尿病センター
  • 島田 和幸 氏 自治医科大学循環器内科学 主任教授
  • 山田 信博 氏 筑波大学大学院内分泌代謝・糖尿病内科 教授
  • 内山 真一郎 氏 東京女子医科大学脳神経センター神経内科学 主任教授
  厚生労働省の推計によると,日本国内の糖尿病患者は890万人,その予備軍を含めると2,210万人に上る(「平成19年国民健康・栄養調査結果の概要」より)。糖尿病はアテローム動脈硬化を来しやすく,脳・心血管イベントのリスク因子である。臨床現場では,いかに患者の予後悪化を阻止し,生活の質(QOL)を維持・向上させるかが喫緊の課題となっている。そこで本座談会では,糖尿病患者に対する多因子介入強化治療の有用性を明らかにしたSteno-2研究,日本人患者への生活指導を柱とする強化治療の長期効果を検討しているJapan Diabetes Complications Study(JDCS)に着目。両研究の代表者と内分泌代謝,循環器,脳神経の内科専門医を招き,各研究の最新成果を踏まえて糖尿病管理の要所を論考していただいた。
PART 1 デンマーク発の最新知見:Steno-2研究の13年次成績は何を物語るか?

早期からの厳格な多角管理の励行が脳・心血管イベント予防に奏効する

寺本 本日は,糖尿病患者のアテローム動脈硬化を起点とする脳・心血管イベントを防ぐ要点を,デンマークのSteno-2研究と日本のJDCSを題材に探りたいと思います。初めにGæde先生,Steno-2研究の概要と成績を紹介していただけますか。
Lecture
Gæde 糖尿病患者は高血糖のみならず,高血圧や脂質異常,微量アルブミン尿,喫煙,肥満といったリスク因子を抱えています。これらの因子はしばしば重複して存在し相互に増悪し合い,やがて脳・心血管イベントを来し,生命をも脅かします。そこでわれわれは,治療時点で最善と考えられる多因子介入による強化治療の効果を探るため,Steno-2研究に着手しました。

13年間の強化治療によって主要イベントの絶対リスクが大幅減

  本研究は微量アルブミン尿を呈する2型糖尿病の白人患者160例(平均55.1歳)を対象とし,これらを無作為化オープンラベル法にて従来治療群と,多様なリスク因子に積極的に介入する強化治療群に割り付けました。従来治療は実地医家で,強化治療はわれわれの施設で実施しました。強化治療群には従来治療群より高い目標を設け,糖尿病・高血圧症・脂質異常症に対する段階的治療を施し,アスピリンによる抗血栓療法を積極的に行いました。
  研究開始から4年後に糖尿病性腎症や網膜症,自律神経・末梢神経障害などの細小血管障害,8年後に心血管疾患に関する複合エンドポイント(心血管死,非致死的心筋梗塞,非致死的脳卒中,血管形成術,切断術)を評価。8年目以降は従来治療群も強化治療に切り替え,13年後には総死亡や心血管死,脳・心血管イベントの発生状況を検討しました。
  その結果,4年次成績で強化治療群の細小血管障害発生率は,従来治療群より有意に低いことが判明。8年次成績では,末梢神経障害以外の細小血管障害の発生リスクがオッズ比で従来治療群の半分以下になり,強化治療の優位性が確認されました。
  一方,両群に強化治療を施した結果が反映された13年次成績を見ると,4年・8年成績で示されたHbA1C値や血圧値,血清脂質値,尿中アルブミン排泄率の群間差は大幅に縮小し,同等になっていました。しかしながら総死亡率は一貫して強化治療を行った群で有意に低く,従来治療群との差が鮮明に現れました(図1)。
  強化治療による主要イベントの絶対リスクは,従来治療と比べて総死亡で20%,心血管死で13%,脳・心血管イベントでは29%,それぞれ減少することが示されました。糖尿病性腎症の増悪,透析を要する末期腎不全への進展,糖尿病性網膜症や自律神経障害の増悪も強化治療群で有意に抑えられていました。なお,いずれの治療群でも重大な有害事象はほとんど認められませんでした。

アスピリン療法は糖尿病患者の脳・心血管イベント予防に有用

  では,リスク因子の多角管理は,糖尿病患者の脳・心血管イベント予防にどのくらい寄与するのか―。
  Steno-2研究における従来治療群のイベント発生率は年平均7.0%でした。これに対し,仮に脂質・血圧・血糖の厳格な管理とアスピリンによる抗血小板療法を行うと3.1%と推算され,8年次成績での強化治療群の3.5%に近い頻度でした。
  ちなみにアスピリン療法の有用性は,Harpazらが行ったコホート研究でも確認されています。冠動脈疾患既往患者1万954例を5.1年間(中央値)観察したところ,アスピリンが投与された2型糖尿病合併群の心血管イベント死,脳血管イベント死,総死亡のリスクは非投与例より有意に低く,その絶対ベネフィットが非糖尿病群への投与より大きいことも判明しました(表1)。
  われわれは最近,Steno-2研究における従来治療と強化治療の費用対効果に関して,数理シミュレーションモデルを用いて分析しました。その結果,各治療の直接経費と脳・心血管イベントを来した際の治療費,入院費などを合算すると,より大きな予後改善効果を期待しうる強化治療のほうが費用対効果に優れることがわかりました(Diabetes Care 31: 1510, 2008)。

Discussion

多角管理における生活習慣改善や血圧測定継続の難しさも判明

寺本 2型糖尿病に対する強化治療の臨床効果に加えて,費用対効果も明らかにされたのですね。日本の先生方は,Steno-2研究に関してどのような点に注目されますか。
島田 運動療法も行われたのでしょうか。体重変化は見られましたか。
Gæde 従来治療群,強化治療群に同様の運動療法を行いましたが,両群とも体重はやや増加する傾向を示しました。その一因として血糖降下薬やβ遮断薬の使用,禁煙指導が考えられます。
島田 血圧管理に際しては家庭血圧も参考にされましたか。ベースラインにおけるnon-dipper型高血圧症例の割合にも関心があります。
Gæde ベースラインでは全例の24時間血圧を把握しましたが,その測定継続例は次第に減り,8年後には約半数になりました。ちなみにnon-dipper型は全体の20~30%と比較的多かったです。
山田 飲酒の状況はどうでしたか。治療中に変化しましたか。
Gæde 一般にデンマーク人はビールをよく飲み,全エネルギー摂取量の10%近くを占めます。食習慣を変えるのは難しく,従来治療群・強化治療群とも飲酒量の変化はほとんど見られませんでした。
山田 血糖コントロールには影響しませんでしたか。
Gæde 飲酒自体が影響を及ぼしたとは考えられませんでした。ただ,高度肥満例では飲酒が肥満の一因になったかもしれません。
寺本 ベースラインのBMIは両群とも30前後で,脳・心血管イベントの発生リスクが高いメタボリックシンドローム例が多かったようですね。
Gæde ほぼ全例が該当しますが,両群とも腹囲径は治療中にわずかに増加しただけでした。
内山 重大な有害事象はほとんどなかったということですが,出血イベントを来した症例はありましたか。
Gæde 両群とも2~3例が脳出血を起こしましたが,有意な群間差は見られませんでした。消化管出血は8年間の強化治療で1例のみで,13年間を通じてもそれが唯一でした。
寺本 Steno-2研究からは糖尿病患者の生活習慣を是正する難しさも垣間見られますが,脳・心血管イベント予防における早期からの厳格な多因子介入のベネフィットが示された意義はとても大きいと思います。

PART 2 日本で進行中の多施設共同臨床介入研究JDCS:9年次成績の注目点は?

日本人の2型糖尿病に特有の病態・リスク因子・合併症頻度が明らかに

寺本 続いて山田先生に,現在日本で進行中のJDCSについて概説していただきたいと思います。
Lecture
山田 近年日本でも,糖尿病患者は増加の一途をたどっています。今や糖尿病性網膜症が失明原因の1位,糖尿病性腎症が透析導入の原疾患として1位を占めるに至っています。
 : こうしたなか,われわれは1996年に無作為化臨床介入研究JDCSを始めました。糖尿病治療を専門とする全国59施設に外来通院中の2型糖尿病患者約2,000例(平均59歳)を,生活指導を中心とした強化治療を施す介入群と従来の外来治療を続ける非介入群に割り付けました。各群の血糖や血清脂質,血圧,合併症の発生状況などを比較し,より適切な治療法を探るのがねらいです。

生活指導を柱とする強化治療で脳卒中発症リスクが有意に低下

  9年間の追跡結果をまとめると,患者1,000人・年当たりの冠動脈疾患発症率は9.6(男性11.2,女性7.9),脳卒中発症率は7.6(男性5.3,女性3.9)と,一般住民(久山町研究:糖尿病・耐糖能異常例を約30%含む)と比べて2~3倍も高く,男性で高いことが判明しました。脳卒中発症率は依然として英国の2型糖尿病患者(大規模臨床研究UKPDSにおける通常治療群)より高いものの,冠動脈疾患を来す頻度がすでに脳卒中を上回っていることもわかりました。
  脳・心血管イベントのリスク因子を調べると,脳卒中・冠動脈疾患とも男女差が示されました(表2)。
  さらにJDCSとUKPDS 23のデータを比較し,日英の2型糖尿病患者における冠動脈疾患の有意な上位リスク因子を検討しました。その結果,1位のLDLコレステロール(LDL-C)と3位のHbA1Cは同じでしたが,2位は日本人がトリグリセリド(TG),英国人がHDL-C,4位も日本人が血中Cペプチド,英国人が収縮期血圧と人種差がうかがえました。
  一方,介入群と非介入群を比べると,冠動脈疾患の発症に関しては有意な群間差を認めませんでした。しかし脳卒中の発症は,介入群で有意に抑えられていました(図2)。
  このほかHbA1C値が高いほど,大血管および細小血管の合併症リスクが高いという相関性を認めました。収縮期血圧の高値や喫煙も,腎症を来す有意なリスク因子であることが示されました。
  このように日本人の2型糖尿病患者には,特有の基礎的病態やリスク因子,合併症の頻度が見られます。脂質異常症や高血圧症の治療をより積極的に進めるとともに,高血糖治療や肥満・喫煙・飲酒対策を促進することが重要と考えられます。




Discussion

糖尿病診療に直ちに活用しうるエビデンスの発信が期待される

寺本 JDCSの最終結果の発表が待たれますが,注目すべき知見をすでにたくさん得られているのですね。
山田 これまでに集めたデータは,日本の糖尿病診療ガイドラインの充実に貢献しうると考えています。詳細な解析により,実地臨床に直結する有用なエビデンスを提示することができれば幸いです。
Gæde 現在も日本人の脳卒中発症率は,欧米人より高いのですね。食習慣の違いも影響していると思いますが,日本人の食塩摂取量は依然として多いのでしょうか。
寺本 はい。平均11~13g/日で,最近やや増加する傾向も見られます。
Gæde その割にJDCS対象患者の収縮期/拡張期血圧は,ベースラインで132/77mmHgと低いですね。
山田 日本の医師は長年わたり脳卒中予防に取り組んできましたから,血圧は比較的良好に管理されていたのだと思います。
内山 最も興味深いのは,介入群で脳卒中予防効果が認められた半面,冠動脈疾患の発症は有意に抑えられなかった点です。その理由をどのように考えられますか。
山田 今のところ判然としません。それに主治医や医療スタッフによる生活指導は月1回程度しか行われていませんから,脳卒中予防において介入群と非介入群の間に有意差が認められる理由も定かでありません。
島田 アスピリンの使用頻度に違いがあるのではないですか。
山田 残念ながら,現時点では把握できていません。
Gæde スタチンの使用に関してはいかがでしょうか。
山田 脂質レベルの是正に当たり,まずは生活習慣の改善を促し,目標値に達しない場合にスタチンの活用を考慮しています。とはいえ,スタチン使用率は約70%に上ります。
内山 デンマークでは,糖尿病患者にはアスピリンも積極的に投与されるようですね。
Gæde はい。すべての2型糖尿病例,合併症を伴わない1型糖尿病例にアスピリン投与を推奨しています。
寺本 Steno-2では,多因子介入による強化治療の早期開始,長期継続が奏効することが示されました。次は日本のJDCSでどのような最終解析結果が得られるのか,見守りたいと思います。
  本日はありがとうございました。
本ページはバイエル薬品株式会社の提供です