Medical Tribune 2008年11月6日号掲載
特別企画
第4回 抗血小板薬,抗凝固薬の休薬を考える―それは本当に必要か
整形外科,泌尿器科手術時の抗血栓療法


是恒 之宏 氏

藤田 悟 氏

井口 厚司 氏

矢坂 正弘 氏
出席者(発言順)
  • 是恒 之宏 氏 国立病院機構大阪医療センター臨床研究部長
  • 藤田 悟 氏 宝塚第一病院整形外科部長
  • 井口 厚司 氏 国立病院機構九州医療センター泌尿器科医長
司会
  • 矢坂 正弘 氏 国立病院機構九州医療センター脳血管内科科長
  本シリーズではこれまで,抜歯,内視鏡治療,眼科手術などの観血的手技に着目し,そのとき抗血小板薬,抗凝固薬は継続するのか,休薬かという問題を考えてきた。今回は,整形外科,泌尿器科の手術に焦点を当てる。
  討論のなか,骨折手術や関節置換術では出血が少ないためアスピリンは休薬せず,ワルファリンはINR1.5未満に調節すること,脊椎手術では硬膜外血腫のリスクを考慮して休薬を原則とすること,泌尿器科手術では総じて出血が著明なため抗血栓薬の継続は難しく,むしろヘパリン置換を行う症例の選択が問題であること,といった実態が示された。今後の課題としては,抗血栓薬の継続/休薬に関する各診療科のガイドライン作成が急務であり,休薬に際して患者への十分な説明と同意書取得が必須となることが指摘された。

シリーズ構成
第1回:抜歯,歯周手術時(08年3月6日号
第2回:消化器内視鏡治療時(08年7月10日号
第3回:眼科手術時(08年9月11日号
第4回:整形外科・泌尿器科手術時

現状;NVAFの増加により抗血栓療法の意義が高まる

矢坂 シリーズ第4回は,「整形外科,泌尿器科手術時の抗血栓療法」がテーマです。まず是恒先生から,循環器内科における抗血栓療法の現状について解説してください。
是恒 抗血栓療法は血栓塞栓症予防に有効で,高齢化に伴う非弁膜症性心房細動(NVAF)症例の増加で意義を増しています。NVAFは心原性脳塞栓症の強力な危険因子で,他因子との重複でリスクはさらに高まります。2006年,NVAF患者の血栓塞栓症リスクを定量的に評価するCHADS2スコアが,欧米のガイドラインに採用されました。
矢坂 NVAFの新しい指標ですね。
是恒 抗血栓薬を服用していない患者では,CHADS2スコアが高いほど脳梗塞発症率も上昇することが確認されています(表1)。そこでACC/ AHA/ESCガイドラインでは,このスコアが1点の場合ワルファリンかアスピリンを,2点以上の場合ワルファリン服用を推奨しています(表2)。
藤田 ワルファリン・コントロールの目標値はどうなっていますか。
是恒 日本人では,INRが2.6を超すと出血性合併症が増え,1.6を切ると心原性脳塞栓症などの頻度が高まります。それで日本のガイドラインでは,CHADS2スコアが1点以上なら70歳未満では2.0~3.0,70歳以上では1.6~2.6を目標にしています。
  私たち国立病院機構では,抗血栓療法の実態を見るためJ-NHOAFという調査を行いました。対象はNVAF患者1,575例(平均69.5歳)で,1~1.7年間観察したところ,CHADS2スコアとワルファリン投与率は正相関を示していました。INRは年齢を問わず8割が1.6~2.6を目指していましたが,実際にはその25%が1.6を切り,2.0~3.0を目標とする例の半数弱が2.0を下回っていました。

休薬リスク;アスピリン中止で脳梗塞のリスクは3.4倍に増加

矢坂 次に私から,抗血栓療法を中断したときのリスクを説明します。
  NVAFの有病率は65歳以上の5.9%とされており,国内の患者数は70~100万人と推定されます。一方,ワルファリン,アスピリンの服用者はそれぞれ100万人,300万人に上ると言われています。こうした抗血栓薬は,NVAFによる血栓塞栓症の発症を有意に抑制します。欧米の5つの大規模試験のメタ解析では,脳卒中発症率はワルファリン投与で68%低下したと報告されています。
  では,このワルファリンを休薬した場合はどうなるのか。例えば,抜歯による休薬例ではその約1%が脳梗塞を起こし,うち80%が死亡したとの報告があります。1%と言うと一見低そうですが,これを約100万人のNVAF患者に当てはめますと,1万人が脳梗塞を発症し,8,000人が亡くなるということになります。
藤田 衝撃的な数字ですね。
矢坂 そうですね。私は国立循環器病センターにいた時期に,抗凝固療法中に脳梗塞を発症した23例を分析したことがあります。抗凝固薬を休薬した8例は全例が心原性脳塞栓症で,重症例が多く,要介護で退院された方が7割を超えました。これに対して,休薬せずに脳梗塞を発症した15例では心原性脳塞栓症は半数弱で,より軽症の例が目立ちました。
井口 休薬の理由は,どんなものですか。
矢坂 半数が抜歯です。4~5日休薬し,再開の2~3日後に発作を起こすのが典型的パターンです。休薬のリスクは抗血小板薬も同様で,アスピリンを休薬すると,脳梗塞発症率が3.4倍になると報告されています。
藤田 休薬のリスクが予想以上に大きいことに驚きました。

関節置換術や骨折手術;休薬せずINR<1.5に調整

矢坂 さて,日本循環器学会は「抗凝固・抗血小板療法に関するガイドライン」で大手術時の対応を図1のように定めています。整形外科の手術では,どのように対応されているのか,藤田先生からうかがいます。
藤田 整形外科手術時の抗血栓薬の継続/休薬については,まだコンセンサスがありません。世界的なガイドラインもなく,個々の症例でリスクを評価し決めているのが実情です。
矢坂 先生はどう判断されますか。
藤田 高齢者で多い整形外科手術としては,関節置換術,大腿骨頸部骨折などの骨折,脊椎手術,脊椎麻酔などがあります。最もポピュラーな関節置換術や骨折手術では,出血はあまり問題になりません。ワルファリンがINR1.5未満に調節されていれば,手術は十分可能です。アスピリンについても,私の場合は投与を継続しています。骨折手術の場合,その多くは緊急手術で,休薬している暇がなく,ワルファリンもアスピリンも休薬しません。ただし最近,深部静脈血栓症(DVT)の予防のため,置換術後にXa阻害薬や低分子ヘパリンなどによる予防的抗凝固療法を行う例が増えています。こうした例では,抗血栓薬は中止しています。
矢坂 そのような例でXa阻害薬や低分子ヘパリンは,術後のどのタイミングで使用されていますか。
藤田 日本では,「24時間経過して出血がないことを確認してから開始する」ということになっていますので,それに従っています。
是恒 関節置換術や骨折手術の際,ワルファリンをINR1.5未満に調節するとのことですが,1.5以上ならビタミンKで中和されるわけですか。
藤田 そうです。INRを1.5未満に下げて手術を行うことにしています。

脊椎手術;硬膜外血腫のリスクを考慮し休薬する

矢坂 脊椎手術はいかがでしょう
藤田 脊椎手術の場合,出血すると硬膜外血腫などの重篤な合併症を起こすことがありますから,手術の7日前からワルファリンもアスピリンも休薬します。再開は,止血が確認された術後3~5日目です(表3)。
  下肢手術の際の脊椎麻酔も,脊椎手術と同様に硬膜外血腫のリスクがあります。ただ,脊椎麻酔に伴う硬膜外血腫の発生は22万回に1回です。アスピリン服用でこれが2.5倍になりますが,それでも10万回に1回です。アスピリン中止で脳梗塞リスクが3~4倍高まることを考えると,休薬の必要はないと,私は考えます。
矢坂 脊椎手術では,出血による硬膜外血腫が問題なわけですね。
藤田 脊椎手術では,普通の患者でも100例に1例ほどが硬膜外血腫を起こし再手術となります。まして,抗血栓薬を服用中の患者では,硬膜外血腫のリスクはかなり高まりますから,休薬を原則としています。
井口 硬膜外血腫で四肢麻痺が起こると,重篤な後遺症が残ります。慎重にならざるを得ませんね。
矢坂 脊椎手術以外では,休薬はしない。しかし,INRは1.5未満にコントロールするということですね。
是恒 1.5未満というと,消化器内視鏡のガイドラインと同じです。
矢坂 ただ,INRが1.5未満になると脳梗塞予防効果は低下します。
藤田 INR1.5というのは,脳梗塞予防では意味のない数字なのですか。
矢坂 例えば第VII因子は,INR1.6を超えたあたりで急速に抑えられます。
是恒 日本循環器学会のガイドラインでは,INRが1.6を切らないよう勧告しています。出血への影響が小さく,脳梗塞予防が期待できるINRを見つけ出す検討が必要ですね。

泌尿器科;高い出血リスク,独自のガイドラインで対応

矢坂 続いて井口先生,泌尿器科での対応について紹介してください。
井口 泌尿器科も高齢患者が非常に多く,抗血栓薬の使用例はかなりの比率になります。しかし,整形外科と同じくこの問題についてのガイドラインはほとんどありません。
  手術部位としては腎,膀胱,前立腺などですが,特に骨盤内の手術は出血しやすく,前立腺癌に対する前立腺全摘,前立腺肥大症に対する前立腺切除などでは,輸血を要するほどの著明な出血が見られることもまれではありません。また,膀胱の経尿道的手術では一度は止血していても術後に再出血する例があります。前立腺の生検でも出血は多く,日本泌尿器科学会の調査では15%程度に出血性合併症が見られました。
矢坂 かなりの頻度ですね。
井口 そのせいか,抗血栓療法継続下手術の検討はほとんど見当たりません。1つだけ,アスピリン継続下で手術,生検を行ったときの出血を見た海外のメタ解析がありました。出血リスクは対照の2.7倍となり,輸血量も増えたとのことです。このように,泌尿器科手術は出血リスクが高いため,休薬のリスクは知りつつ対応できていないのが実情です。
矢坂 その厳しい状況で,休薬か継続かの判断はどうされていますか。
井口 当院の泌尿器科では,独自に「周術期抗血栓薬管理」というガイドラインを作っています(表4)。心房細動,脳梗塞既往といった血栓症リスクの高い患者では,入院後に抗血栓薬を休薬し,ヘパリンカルシウムなどに置換する。術後は出血コントロールがつきしだい,可及的速やかにヘパリンと抗血栓薬を再開し,INRが治療域に到達したらヘパリンを中止するというものです。

患者対応;病院全体で休薬時の同意書の取得をルール化すべき

矢坂 休薬の影響はありましたか。
井口 幸い,脳梗塞を起こした患者はまだ1例もありません。ただ,ワルファリン服用例の場合,一度休薬するとINRが治療域に戻るまで時間がかかり,どうしても入院期間が延長します。経営的にはマイナスですが,事が重大なのでやむを得ないと考えています。また,抗血栓薬の休薬はリスクを伴いますので,当院では患者に十分に説明し,必ず同意書を取るようにしています(図2)。
是恒 「周術期抗血栓薬管理」というガイドラインは,素晴らしいですね。泌尿器科に限らず,手術に際して休薬の判断が求められる他の診療科で応用できると思います。同意書のほうもとても参考になります。
井口 同意書に関しては,今年の4月から医療安全管理部が中心となって病院全体で運用しています。
是恒 また,INRを回復させるため入院日数が延びてしまうという点は私たちも実感しています。脳梗塞のリスクを下げるため,病院経営に悪影響が出るのは問題です。DPCで加算するなどの対策が求められます。
矢坂 藤田先生,整形外科ではガイドライン作成の動きはありますか。
藤田 現時点ではないと思います。矢坂先生や是恒先生が中心となって全科横断的な指針を作っていただけるとありがたいのですが。
是恒 それぞれの領域や臓器で出血リスクが異なりますし,休薬・再開のタイミングも違います。ですから整形外科,泌尿器科といった各領域と,血栓・止血の専門家が討論を重ねて,作り込んでいくほうが実際的ではないでしょうか。
矢坂 今日の討論が,今後のそうした動きの端緒となれば良いですね。本日はありがとうございました。
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