Medical Tribune 2008年9月11日号掲載
特別企画
第3回 抗血小板薬,抗凝固薬の休薬を考える―それは本当に必要か
眼科手術時の抗血栓療法


吉富 文昭 氏

江内田 寛 氏

園田 康平 氏

矢坂 正弘 氏
出席者(発言順)
  • 吉富 文昭 氏 太宰府吉富眼科院長
  • 江内田 寛 氏 国立病院機構九州医療セ ンター眼科科長
  • 園田 康平 氏 九州大学病院眼科講師
司会
  • 矢坂 正弘 氏 国立病院機構九州医療センター脳血管内科科長
   心筋梗塞や脳梗塞といった血栓性疾患のため,抗血栓療法を受ける高齢者が増加している。当然,そうした患者が眼科手術を受けるケースも多く,その際に抗血栓療法を休薬するか継続するかが常に問題となる。シリーズ「抗血小板薬,抗凝固薬の休薬を考える―それは本当に必要か」第3回では,この眼科手術時の対応をテーマに座談会を行った。
  討論のなか,白内障手術時は抗血栓療法を継続することが眼科医には常識となっていること,一方,多くの循環器科医は休薬すべきと考えていること,すなわち白内障手術の出血リスクに対する認識の違いが明らかになった。今後,眼科医と循環器科医が連携を図りつつ,ガイドライン作成や啓発活動を行うことの必要性が明確になった。
シリーズ構成
第1回:抜歯,歯周手術時(08年3月6日号
第2回:消化器内視鏡治療時(08年7月10日号
第3回:眼科手術時
第4回:整形外科・泌尿器科手術時

休薬による脳梗塞発症;頻度は低いが重症に

矢坂 日本では急速な高齢化に伴って,血栓性疾患が増えています。そうした高齢者では,種々の疾患から観血的治療が必要となる例も多く,抗血栓療法の中止すなわち休薬の必要性が議論になります。本日は,そのなかでも頻度の高い眼科手術時の対応について話し合っていきます。
  抗血栓療法の中止を考える場合に問題となる脳梗塞は,3つのタイプに分かれます。脳の細小動脈が詰まるラクナ梗塞,動脈硬化病変の不安定プラークが破れ血管を詰めるアテローム血栓性脳梗塞,塞栓源性心疾患に伴い形成された心内血栓が脳動脈を詰まらせて発症する心原性脳塞栓症です。日本では近年,アテローム血栓性脳梗塞と心原性脳塞栓症が増えています。特に心原性脳塞栓症は脳梗塞の3割を占め,その6~7割が非弁膜性心房細動(NVAF)に由来します。
吉富 心房細動を有する高齢者は,とても多いですね。
矢坂 心房細動の有病率は65歳以上の5.9%と言われます。野球の長嶋氏,サッカーのオシム氏も心房細動による心原性脳塞栓症と報道されました。心原性脳塞栓症では血栓が太い脳血管を突然塞ぐため,大梗塞を起こします。NVAF患者ではその予防にワルファリンが推奨されます。ワルファリンはNVAF例の脳梗塞リスクを7割低下させるからです。抗血小板薬は,非心原性脳梗塞やTIA(transient ischemic attack)の再発を22%,脳梗塞急性期の再発を11%減らすとの報告があり,脳・心血管疾患の再発予防に広く用いられています。
江内田 抗血栓療法を受けている患者はどのくらいいるのでしょうか。
矢坂 ワルファリンは100万人,アスピリンは300万人以上と言われています。このワルファリンを抜歯や内視鏡検査などの際に休薬すると,約1%の頻度で血栓・塞栓症を起こすことが報告されています。国立循環器病センターで行った調査でも,抗凝固療法中に脳梗塞を発症した23例中8例が休薬例で,うち4例は抜歯が契機でした。休薬の8例と非休薬の15例を比べると,休薬例は全例が心原性脳塞栓症で,要介護での退院率が71%,非休薬例の21%と比べると予後が悪いことが分かりました。
園田 休薬後どのくらい経って,脳梗塞を起こすのでしょうか。
矢坂 再開数日後の発症が多く,休薬直後でないため休薬を指示した医師が気づかない例もあります。一方アスピリンを休薬すると,脳梗塞発症のオッズ比が3.4倍上昇します。つまり抗血小板薬,抗凝固薬を休薬すると脳梗塞発症リスクが上昇し,重症化する可能性があります。

白内障手術;技術革新で出血リスクは著明に低下

矢坂 では,眼科手術時の出血にはどんなものがありますか。
吉富 比較的多いのが前房出血ですね。それから虹彩根部の太い血管を傷つけ,大出血を起こすことがあります。経験の浅い眼科医が,ときにこうした出血を招きます。
園田 頻度は低いが重篤な出血として上脈絡膜腔出血,いわゆる駆逐性出血があります。脈絡膜には豊富な血流が集中し網膜などへ栄養を送っています。眼球圧が高ければ脈絡膜からの出血は起きませんが,眼球圧が低下すると容易に内出血が起きます。駆逐性出血を起こすと,失明につながりかねないので問題です。
矢坂 切開創が大きいと,眼球圧が下がって駆逐性出血が起きるのですね。白内障手術で,駆逐性出血の起きる頻度はどの程度でしょうか。
江内田 Lingらのレトロスペクティブなケースコントロールスタディによると,0.04%,1万人中4人に比較的高度な駆逐性出血が起きました。その危険因子を調べたところ,抗血栓薬を含む心血管系薬の服用も有意な危険因子ですが,緑内障の有無や手術手技の関与の方が強力でした。
  Katzらは,2003年に約2万例の白内障手術症例を対象に検討を行っています。それによると,24.2%が抗血小板薬を,4%が抗凝固薬を服用していました。手術時に休薬したのは,それぞれ22.5%と28.3%です。そして,抗血栓療法にかかわらず出血頻度は非常に低く,継続群と休薬群に差はないと報告しています。
  私たちも,同様の印象を持っています。白内障手術は侵襲がどんどん小さくなっていますから,駆逐性出血に限らず,出血リスクは抜歯や内視鏡検査に比べ,かなり低下していると言えるでしょう。
吉富 白内障の切開創は,20年前は5~6mmでしたが,今や2mmまでになっています。ですから私は,特発性血小板減少性紫斑病の患者でも,血小板数が1万/μLを切るような患者でも,普通に手術を行っています。
矢坂 白内障は技術革新により短時間,低侵襲で手術できるため,抗血栓薬を中止する必要がないということですね。園田先生,その他の眼科手術ではどうなのでしょうか。
園田 緑内障手術,硝子体手術,角膜移植などでは,駆逐性出血のリスクは白内障手術に比べ高いです。 
江内田 硝子体手術も,切開創1mm以下の低侵襲手術の時代になっています。ただ硝子体手術や緑内障手術では,機器の出し入れや手術操作による圧変化が大きく,比較的高圧下で行う白内障手術に比べ術中の出血リスクは高いとの印象があります。

白内障手術時の抗血栓療法;むしろ眼科医が継続支持

矢坂 こうした問題について,医師はどのような認識を持っているのでしょうか。私たちは国立病院機構の眼科医45名と国立病院機構の脳卒中担当医26名,J-MUSIC(Japan Multicenter Stroke Investigator's Collaboration Study; 脳梗塞急性期医療の実態に関する研究)参加施設の脳卒中診療担当科長103名を対象に,眼科手術時の抗血栓療法についてアンケートを実施しました。
  眼科医のワルファリン継続下白内障手術の支持率は87%,抗血小板薬継続の支持率は84%と,8~9割が抗血栓薬の継続を受け入れていました。ところが脳卒中診療医の回答を見ると,脳卒中既往のあるNVAF例のワルファリン継続率は国立病院機構医師で22%に過ぎず,「中止して眼科医に紹介」が60%を占めました。J-MUSIC参加施設の医師(脳卒中専門医が多い)の継続率は48%と高く,休薬による脳梗塞再発を経験した医師が多いためと思われます。
  これに対して,心臓に機械弁を入れていて脳卒中既往がある血栓・塞栓症リスクの非常に高い例でのワルファリン継続率は,国立病院機構医師,J-MUSIC医師でそれぞれ30%,51%とやや増加。抗血小板療法の継続率は,それぞれ19%,57%と,やはり眼科医より低い値でした()。
吉富 脳卒中診療医より眼科医の方が継続に積極的ということですか。
矢坂 そうです。ある種の乖離というか,逆転現象ですね。
吉富 実は,私は他科の先生から「眼科手術前には投薬を一時中止します」と書かれた手紙を受け取ることが多いのですが,毎日のように「いいえ,中止しなくて結構です」という返事を書いています。
矢坂 そうなんですか。
江内田 白内障手術が進歩し出血リスクも減った点を,他科では十分に理解していないのかもしれません。
矢坂 白内障は患者数が多いので,内科や外科と眼科の間で認識の違いがあることは深刻な問題ですね。
園田 緑内障や硝子体手術については,アンケートを取られましたか。
矢坂 眼科医だけを対象に行いました。緑内障手術時の対応としては,ワルファリン,抗血小板薬とも継続を支持する回答は22%に留まりました。硝子体手術に関しては,継続を支持する回答は両者とも14%と,休薬すべきとの意見が増えています。白内障以外の眼科手術では,出血リスクが高いため,手技の出血リスクと塞栓症リスクを脳卒中診療医とよく話し合った上で,抗血栓療法の継続・休薬を決めていかないといけないということでしょうね。

硝子体手術,緑内障手術;大手術に準じ休薬する

矢坂 続いて江内田先生から,九州医療センターの抗血栓薬取扱いの指針を示していただけますか
江内田 当センターでは年間約700~800例の眼科手術を行い,その6割弱が白内障手術,3割が網膜・硝子体手術,緑内障手術は1割弱です。
  白内障手術は原則として抗血栓療法継続下で行います。ただし,ワルファリンはPT-INR(プロトロンビン時間―国際標準化比)が3以下にコントロールされていると思っても,併用薬などの作用で5を超えている場合があります。そこで手術前日にPT-INRを測定し,適切にコントロールされていることを確認してから手術をするようにしています()。
  これに対して緑内障手術や硝子体手術の場合,主治医と相談の上で休薬することを基本としています。私は,硝子体手術を専門にしていますが,その7割は増殖糖尿病網膜症あるいは糖尿病黄斑浮腫といった全身疾患を有する患者です。こうした例や,網膜細動脈瘤や加齢黄斑変性に伴う硝子体あるいは網膜下の手術などでは,術中の大出血も少なくないからです。一方,機械弁留置例などの血栓・塞栓症リスクの高い患者では,主治医とヘパリン置換の必要性を協議します。
  ワルファリン休薬の場合,半減期が長いため,完全に失活させるのに3~5日かかります。その間,塞栓症リスクが上がりますから,手術に先行して入院する必要があります。硝子体手術の場合,白内障とは異なり比較的長期の入院が可能ですので,そうした対応も可能となります。
矢坂 そうすると,硝子体手術や緑内障手術は,日本循環器学会ガイドラインにおける"大手術"の位置付けで,休薬が原則になる,ということですね。
江内田 その通りです。いずれの疾患でも抗血栓療法を休薬する場合,丁寧な説明を行った上で,同意書を取得するようにしています。
矢坂 九州大学病院ではいかがですか。
園田 九州大学病院でもほぼ同様に対応しています。
江内田 眼科手術で一度出血が起こると,圧迫や結紮による止血は難しく,通常は熱凝固か灌流圧を上げることで眼圧を上げて止血します。硝子体手術では制御不能な出血に陥る例があり,緑内障手術で周辺の虹彩切開を行う際,誤って毛様体を引っかけ前房も含めて硝子体側に内出血を起こすケースがあります。抗血栓薬の休薬ができない場合は,術中の十分な鎮痛を心がけ,慎重な上にも慎重に手術を行うことが必要です。

今後の課題;眼科専門医と循環器科医との連携が必要

矢坂 抗血栓療法に関するガイドラインは,日本循環器学会が作成しています。歯科領域では,今年度末に日本有病者歯科医療学会から発表されます。眼科領域では,眼科手術と抗血栓療法についてのガイドラインは作られていないのでしょうか。
園田 現在のところ,そうした動きはないと思います。ただ,日本眼科学会ではガイドラインを普及させていこうという動きがありますから,今後,今日のテーマが取り上げられる可能性は十分あると思います。
吉富 矢坂先生が示されたアンケートでは,今も15%前後の眼科医が白内障手術時に休薬していました。そうした医師の多くは,前房出血を恐れているのでしょう。私は今日の議論を受け,「前房出血はそれほど恐れなければならないものか」と問題提起したいと思います。
園田 確かに,前房出血は白内障手術では滅多に起きませんし,起きても大半は一晩で消失しますね。
吉富 ですから,抗血栓療法継続による出血リスクと,休薬による塞栓症リスクを秤にかけ,冷静に考える必要があります。ガイドラインを作るかどうかは別として,日本臨床眼科学会などでこの問題を積極的に啓発していく必要があるでしょう。
矢坂 先ほども申しましたが,一度脳梗塞を起こしてしまうと,7割以上が要介護の状態でしか退院できない,この点は強調したいですね。
  ところで,日本循環器学会や日本脳卒中学会は,ガイドライン作成に当たり関連学会との間で調整しながら作っていかなければならないと,注意を促しています。そうした連携の作業が今,求められていますね。
江内田 逆に,これまで眼科と循環器科などの連携が十分でなかったため,ガイドラインが作られなかったという側面もあるかもしれません。
矢坂 福岡市は医師の研究会が非常に多いそうですが,専門領域を超えた研究会はあるのでしょうか。
園田 眼科だけの研究会はかなりあるのですが,こうした他科との話し合いの機会は珍しいと思います。
吉富 私も,10年以上前から白内障手術時の抗血栓療法は継続していましたが,休薬がそこまで危険とは考えていませんでした。今日,脳卒中専門医の矢坂先生のお話をうかがって,大変有意義だと感じました。
矢坂 本日は眼科医の先生方と話し合うなか,眼科手術時の抗血栓療法管理の現状をうかがいました。現在の問題点や今後の課題が明白になったと思います。次のステップは,是非その解決に向け,両科の連携を推進していきたいと思います。
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